炎の月と





目の前をゆっくりとイランイランの香煙がたゆる。
ふ、とため息をついて窓の外を見れば、そろそろ月は空の天辺へとどきそうだった。
このところ蛮族の侵攻と、それに伴う被害報告のまとめ等で夜もデスクワークで忙しかった。
黒檀の机の上に広がった書類は毎日増え続け、グラスの中の酒は一向に減らない。
しかしどうも仕事が手につかなくなり、背もたれに身を預けて天井を仰ぐ。
つい毎日の忙しさに流され、大事なものを見失いそうになる。
また今日も彼の部屋に赴くことは出来なかった。



と、どれ位の時間が経っただろうか、ぼんやりと過ごしていたが扉をノックする音に気がつき、ふと耳を澄ます。
こんな時間に?
間違いではないのだろうか。
もう一度、コツコツ、と確かに音がした。
「誰だ。開いている」
返事はなかった。
返事の代わりにゆっくりと扉が開き、そこには相変わらず口を一文字に結んだ、彼がいた。
「ガダラル・・・」
心なしか怒っているような・・・いや、この表情は常か。
眉間に皺を寄せたままこちらを見据えている。
「こんな時間にどうした?・・・まあ、いい・・・。ソファにでも座っていてくれるか?すまないが、仕事中なんだ」
扉を後ろ手に閉め、ゆっくりと部屋に入ってくる。
アトルガン絹布と真鍮でできたソファに腰をかけ、部屋をぐるりと見回している。
「ん・・・?ああ、一応天蛇将だからな、部屋は特別豪華らしい」
「・・・すごいな・・・」
広さも、他の四蛇将と比べたら2倍近くはあるのではないだろうか。
彼の目が、ある一点へと注がれた。
天蓋付きのベッド。
もしかして、と淡い期待が鎌首を持ち上げた。



「そうか、ここに来るのは初めてだったか」
「普段は押しかけられるほうだからな」
相変わらずの憎まれ口だが、慣れてしまえばさほど気にはならない。
初めて会った頃は身分もわきまえずに、と思ったものだ。
気分転換にするべく立ち上がり、コーヒーを淹れる。
彼が私の好みにローストしてくれたものだ。
やや深煎りで、ミルクに良く合う。
「白蜜は入れるか?」
「うむ・・・。」
彼は、言葉を発さずに目の前にコーヒーのカップが置かれるまで窓の外を見ていた。
ふわり、と乾いた風にカーテンが揺れたが、それにすら気がつかないように、ただ月を見据えていた。
「今日は火の日だったのだな・・・」
カップを置く音に気が付き、ようやく口を開いた。
「ん、そうだな」
熱いコーヒーを口に運ぶ。
こうして二人きりで会うのは何日ぶりなのだろう。
無言でいても息苦しさを感じない、そんな空気が流れる。そういう時間も好きだ。



体を重ねる関係になって、二人で会うのは常に彼の部屋だった。
特に理由はないが、それはなんとなく自分の欲望を押し付けているような気にもなってはいた。
彼は猛将などと言われているが、恋愛ごとに関しては
実はかなりの受身で、自分から何をしたいとか主張しない。
まして、自らこの部屋にまで訪れて会いにきてくれることはなかった。
彼がここにいる、ということは。
ようやく、自惚れてもいいのだろうか。
「お前の色だな」
火の色の月のことを言ったつもりだったが・・・。
「どうせ短気だ」
また、ぶすくれてしまった。
「難しい男だな、お前は」
くっく、と笑うと、「ぬ」とか言いながら私を睨んだ。
「・・・来てくれて、嬉しい」
声のトーンを落として、彼の耳元で囁く。
「もう、あれから3週間経った」
あれから、とはつまり、二人で会った日のことだろう。
「そうか、寂しい思いをさせて悪かった」
「いい・・・。仕事なら仕方ない」
昼間は見張りの場所柄、互いを視野に入れておくことはできる。
ただ、その姿を見るだけで声は届かないし、まして触れることなど叶わない。
夜、持ち場を離れて廊下ですれ違いざまに手を握り締めたり、簡単な恋文を渡すことしか出来なかった。



「本当は、少し心配で」
「うん?」
「あまり寝てないのではないかと」
「うーむ」
確かに、睡眠時間を削って公務に時間を費やしてはいる。
「確かに寝てはないが・・・お前に会えないことの方が辛くてな」
頬を赤く染めるガダラルの手をとり、その甲に唇を寄せた。
石鹸の香りが鼻をくすぐる。
戦場にいても、彼は高潔だ。
美しい鬼神だ。
「・・・っ」
彼が息を飲む。
私の舌が、その細長い指を伝った。
綺麗に切りそろえられた爪。
中指と、人差し指とを、ゆっくりと唾液が濡らしてゆく。
「会いたかった。こうして来てくれるとは思っていなかった」
「バカ・・・仕事をしろ・・・!」
知っている、分かっている。
感じていること。体が寂しい、と言っていること。



「言ってくれないかな。私が欲しいと」
「自惚れるな・・・」
「恋とは自惚れるものだ」
「ルガ・・・」
口を自分のそれでふさいだ。
舌を絡めてきたのは彼のほうだった。
私の首に腕を回し、コーヒーのせいか熱くなった舌を深く絡ませてきた。
ガダラルの目が熱っぽく見つめてくる。
欲しいのだろう。
音を立てて、キスに応じると、腰を摺り寄せてくる。
今すぐベッドに運んでこの体を貪りたい衝動にかられるが、少しいじわるをしたくなり体をはがした。
「仕事をせねば」
「・・・・!」
ガダラルの表情が屈辱の色に変わった。
「と、思うのだが。久しぶりに貴殿を抱きたい」
「し、仕事をしろ、俺は帰る」
「ここで頼みがあるのだが」
「・・・なんだ」
「私を挑発してくれないか?いやらしく」
見る見る彼の顔が青ざめた。
「仕事など手につかなくなるほど、私をその気にさせて欲しい」
本当はもうすでにそのつもりにはなってはいるのだが、
彼がどんな風に挑発してくれるか見てみたくなった。
プライドの高い彼のこと、本当に部屋に帰ってしまうかもしれないが。
一種の賭けか?
じっと見つめたまま、再びデスクにつくと、ボソっと「畜生」と聞こえた。
どうやら、観念したらしい。



服を、脱ぎ始める。
上着をとり、アンダーシャツの下からゆっくりと手を忍ばせて胸を触り始める。
ベッドへ座って、睨むようにこちらを見てから胸の、その部分を擦り、摘み、こねくる。
深く、淡くため息を漏らす口は半ば開いて、白い歯と赤い舌が見えた。
「もっと、指を動かして」
指示をすると、言われたまま動かし、短いが、声を出した。
「ぁ・・・・!」
「下から擦り上げてご覧。それが一番感じるだろう」
彼は従順に人差し指で乳首を擦り上げた。
「・・・ん・・・!」
たまらなくなったのか腰紐を解いてズボンをずらし、手を自身にあてがった。
右手でソコをゆるく撫でながらも、左手はまだ、胸をいじっている。
体は前かがみになり、人前だというのに本気になりつつある。
「見えぬな、ガダラル。体を起こして」
「・・・くそ・・・っ。良く見てろよ・・・!」
下着をも一緒に脱ぐと、すでにソレはぬらぬらと透明な液で光っていた。
右手はその液でべたついている。
一旦その手をはなすと、左手で半立ちのペニスを上下に擦る。
足を広げ、ぬるついた右の手でしっかりと見ろ、と言わんばかりに後ろの孔を広げて見せた。
ヒクつくソコに、ゆっくりと中指を挿し入れる。
指はすでにぬるついてはいたが、足りないのか、なかなか進まなかった。
私は、恐らく食い入るようにそれを見ていたと思う。
下半身が熱を帯びるのに気が付かなかったほどに。
つぷつぷと、指がソコへ飲み込まれる。
「・・・ぁーーー・・・・」
自然に出た声に恥らいながら、頬を染め、けれどソコは違うものを望んでいるように見えた。
「・・・中を、擦ってご覧」
彼を歓ばせるためではなかった。ただ、私が見たいだけだ。その悩ましい姿を。
ゆっくりと指を動かしながら、目を閉じて声を殺しその作業に没頭している。
時おり頭を振り、髪が乱れた。
くちゅり、と音がしてペニスはさらに中から刺激されて膨張した。
「・・・ゃ・・く・・・!」
ゴクリ、と私の喉がなった。
「早く、抱け・・・・!!」



私は服を脱ぐ時間も惜しく、彼の体を組み敷いていた。