夜に隠れて





「信じられん」
と、ガダラルが呆れて言い放った。
「・・・私もだ」
彼の教えで調理を学ぼうと思ったのだが、目の前には砕け散ったクリスタルと
焼き炭になったコカトリスの肉、カザムがらし、マウラのにんにく、ワイルドオニオン。
「・・・折角貴様が調理を学びたいというから、こうして時間を割いているのに・・・!」
ガダラルの肩がわなわなと震えている。
そんなに怒ることなのか・・・!
むしろ私にはそっちの方が不思議でならない。
「食べてみたいがな・・・ミスラ風山の幸串焼き」
その昔、アトルガン皇国が冒険者受け入れをする前、
彼らの間で流行った食事だと聞く。それほどに美味なのだろう。
しょんぼりとする私とは裏腹に、彼は盛大なため息をついた。
「だいたい、何なのだ、こんな時間に俺の仕事中に
 押しかけて、料理を教えろ?全く、貴様は何を考えてここにいるんだ」
「・・・うむ・・・。」
彼の小言はいつものことなので、右から左に流し、再び材料を手に取った。
目を閉じて出来上がりをイメージする。
イメージ・・・?そういえば私はその「山串」とやらを噂で
聞いて食べたいと思っただけで、実際見たこともないのだった。
噂ではシシカバブに似ているらしいが、材料が違うので、どうもイメージが湧かない。
案の定。シュゴゴ、パリン。
「「あ・・・」」
またもやすべて砕け散ってしまった。
ガダラルの美しい眉が少し中央に寄って、その両端は持ち上がった。



「もう帰れ。何度やっても無駄だ」
彼は手でパッパと払うジェスチャーをし、もう片手で額を抑えて首を振った。
「俺は見張りで忙しい」
確かに私は今、夜の見張り台に押しかけている。
真夜中のアルザビの街を行くものは僅かだった。
疲れきった顔の衛兵が門に陣取り、あくびをしつつ門をくぐる傭兵達のチェックをする。
かくいう傭兵たちは恐らく狩帰りなのだろうが、精気のない顔でとぼとぼとレンタルハウスにむかう。
彼らにとってはごく有り触れた日常で、私がこの見張り台にいるなど気にも止めていないだろう。



今日の任務は私の見張りは昼で、彼は夜。
昼間彼の姿は見れず彼の下官の髭面を眺めていたので、どうにも会いたくて仕方なくなり、
どうせなら差し入れをしようと皇国軍兵舎の食堂長に前もって頼み込んで
取り寄せてもらった「山串」の材料と、ポットには淹れて貰ったチャイとを右手に下げ、
左脇には夜は冷えるだろうと思ってカラクール毛糸を紡いで作ったという
上等な毛布を抱えてきたのだ。
このまま山串を作らずに帰ったら食堂長に申し訳が立たない。
私は「まて、もう一度チャンスをくれ」と、食い下がったのだが、
またもや盛大なため息を吐かれてしまった。
すると見るに見かねてか彼は両手を掲げる私の正面のに膝をつき、手を添えてくれた。
手の甲が、じんわりと温かい。
「クリスタル合成は、イメージが大切なんだ・・・」
ガダラルの顔がゆっくりと近づく。
不覚にも私はそれで緊張した。彼から口付けを仕掛けてくるのではないかと。
だが、アテは外れ互いの額がしっかり重ねられた。
いつも合成の時はそうしているのだろうか・・・瞼を落とした。
「こうしてイメージが伝わればな・・・」
目の前に彼の端正な顔立ちがある。
肌は白くなめらかで、睫はバサバサと長い。
下唇はぽってりと肉感的で、私は改めて彼の顔に見入っていた。



彼のイメージの手伝いのおかげか、私の手の中で
「山串」とやらは香ばしい香りを立てて6本、焼きあがっていた。
「ほら、出来たろう」
「素晴らしい・・・!」
ガダラルの見張り台は幸いなことに石壁で出来た通路の端であり、
つまりしゃがんでしまえば下からは誰にも見られることはない。
天蛇将の私がこんなことを言うのはどうかと思うのだが、
サボるのには丁度いい。座り込み、山串を手渡した。
ガダラルは観念したかのように私の隣にしゃがみ込むと、それを受け取った。
流石の彼でも山串の誘惑には勝てなかったらしい。
「貴様は食わないのか?」
「一応、差し入れだからな」
私の強がりを見抜いてガダラルは鼻で笑うと、6本のうち3本もこちらに寄越した。
焼きたてのソレは、湯気がたち、野菜は見事な焼き色がつき、
コカトリスの肉からは透明な肉汁が滴っている。
断る理由はない。受け取って口に運ぶ。
「・・・うまいな・・・!」
「うむ・・・」
「このカラシは焼いたせいか?あまり辛くないのだな。
 こうして普通に食べれるとは思わなかった。ん、オニオンもにんにくも甘くて美味い」
初めての料理に感激している私を見て、彼は柔らかく笑った。
「落ち着け、チャイでも飲んだらどうだ」
「おお、すまない」
ガダラルがカップに注いでくれたチャイをすすり、一息ついたところで彼を見つめた。
彼も同じように山串を頬張り、出来の良さに感心したのかしきりに頷いている。
3本食べきったところでカップを渡すと、チャイも飲み干す。
「美味かったな」
「美味かった」
そのまま毛布で彼を後ろから抱きしめるかたちで包み込んだ。
「よせ・・眠くなる」
「しかし、今夜は結構冷えるぞ。寝てしまっても私が代わりになろう」
「私服でか?するなら甲冑を着てから来い」



この地方は空気が乾いている。
昼間は気温が高くてもカラリとしていて過ごしやすいが、夜は案外冷えるのだ。
文句を言いつつも、彼は毛布から抜け出さなかった。きっと心地よいのだろう。
強張らせていた体から力を抜いて、そっとすリ寄って来た。
二人きりの時だけの、上目遣いの甘えた視線を投げかける。
彼の手に、私の手を置く。
「・・・ルガジーン・・」
目が、口付けを欲しがっていた。
額に唇を落とし、サイドの髪を避けて頬に口付ける。
「礼はどうしたらいい・・・?」
「何のだ?」
「差し入れの、礼だ・・・ん・・」
耳に、舌を這わせた。
「勤務中だというのに・・・」
かと言って私の腕から逃れようとしない。
こちらを向かせ、触れるだけの口付けを交わす。
にんにくを食した後だが、まあ、お互い様だ。



私は割と欲望に忠実な男だと思う。
天蛇将という地位も野心ゆえのものだし、目の前の恋人も欲しくてたまらなくなったから手に入れた。
初めて会った頃は上官に生意気な口をきく活きの良い若者が
五蛇将になったな、としか思わなかったのだが、この強がっている態度の裏に
過去何かがあったのではないかと気づいたら、止まらなかった。
彼を知りたくなり、彼を理解し、頼りにされたいと思った。
上官の立場から部下と上手くやっていくのは至極当然のことだと、自分に言い訳をしながら。
彼をいつも目で追い、時おりその視線が重なった。
私はその視線に笑いかけたが、彼は目を逸らした。
嫌われたものだ、と残念がる自分がいて・・・やがて彼を愛していることに気が付いた。
過去に得た大きな心の傷を私が少しでも癒せればと、おこがましくも思ったものだ。
やがて私はあることに気がつく。
彼からの視線を感じるようになり目が合えば彼は逸らすが、彼も私と同じ感情を持っていると確信をした。
長くはなかった。
互いの気持ちが通じたと理解するまでは時間はかからなかったのだ。
その時の高揚感は今でも忘れることは出来ない。



そして、手に入れた。





今、好きな者が腕の中にある。
体をすっかり預け、私を信じきって、次を求める表情をしている。
彼の唇をゆるく舐めると、薄く唇を開け、私の舌を待った。
揃った前歯をなぞり、そこから舌を奪う。
勤務中であることを思い出したのかもしれない。
びくりと体を震わせ、一旦体を押しのけようともしたが、たいした力ではなく逆に私は彼を強く抱き寄せた。
顔を動かして口付けを中断させようともしたが、
私の手が彼の顔をしっかりと包み込んでいるので、無駄なことだった。
それどころか彼の拒絶は逆に私に火を点けた。
深く舌を追い、逃げようとするそれを捕まえ、絡めとる。
「はぁふ・・・」
息が漏れ、誰にも聞かせたくないほどの甘い声が私を夢中にさせた。
ぴちゃぴちゃと、獣のように舐めとる。
が、ここで一陣の風が頬を撫でつけ、その冷たさに私達は正気になった。
ガダラルが、こちらを睨みつけて口をぬぐった。
「馬鹿やろう・・・ッ!」
高潮した彼は本気で怒っているというわけでもなく、求められて嬉しそうにも見える。
「すまん、愛する人が傍にいて舞い上がってしまったようだ」
「・・・なにを・・・」
卑怯かもしれないが、利用すべき彼の弱点を知っている。
私がそうであるように、彼も私が弱点なのだ。
私の声に弱い、私の目に弱い、私の愛撫に弱い。
掛け値無しの愛情に弱い。
だから、彼がどんなに拒もうと体をひろげる自信はある。
勿論、勤務中であり、野外にいる今それをしようとまでは思わないのだが・・・。
私は彼を見つめたまま、そっと下腹部に手を忍ばせた。
「やめ・・・!」
そこはすでに熱く、芯を持っていた。
「こんなになってる・・・」
「変なことをするからだ!」
「口付けだけだろう・・・?」
「ぁ・・・あ・い・・・とか・・・言うから・・・っ!」
「言葉に反応するまでになったか」
私は可笑しくて仕方なくなり、彼への愛おしさがこみ上げてきた。
「違う」
否定しているが・・・。
「声が・・・」
頬がまた、赤みを帯びる。
「声が・・・くすぐったい」
耳元で、囁く。
「この声が、好きか・・・?」
私の手の中の彼が、ひくついた。




ガダラルのくぐもった声が、耳に入る。
「んっ!や、やめ・・・」
その原因を作っているのは私。
彼のペニスを口に咥え、手で彼の口を覆う。
堅くなってしまったそれを、熱を開放しようと彼の下半身を毛布で隠してそこに顔を埋める。
つやつやとした先のほうを丁寧に舌先で愛撫し、にじみ出てきた液もしっかりと舐め上げる。
むしろ、もっと出させようと上下に咥えながらも舌で鈴口を責めつづける。
片手はしっかりとペニスを上下に擦り、射精を促すが、彼は我慢をしているようだった。
「我慢するな」
「違う・・・!」
ふるふると首を振り、目には涙がたまり始めた。何か言いたいような・・・しかし、言えない言葉。
火がついたのは私だけではなかったようだ。
手を伸ばすと、私の股間に触れた。
「コレを・・・」
「中に、欲しいんだな?」
彼は無言だった。
「コレはあげられないが・・・」
私は手を離させ毛布の上に仰向けに寝せて、彼の下着ごと膝までズボンを下ろした。
確か、肉を焼くというレシピのためオリーブオイルも持ってきたはずだ。
鞄をあさり、小瓶を取り出すと、ガダラルの顔が一瞬不安げな、期待の面持ちにかわった。
場所が場所だけに性急に彼を満足させたい。
私は達さずとも。
両足を脇に抱え、半身を捻らせる。
剥き出しになった後孔に、オイルをたらす。
「・・・!」
その冷たさにか、身震いをした。
指にも同じようにオイルをまぶしつけ、そこを広げるように優しく触れた。
最初は軽くただ、くすぐるかのように。
舌で太ももを舐め、空いている手でペニスを擦る。
欲しそうに後孔は少しずつ広がり、私の指を2本も飲み込んだ。
ずぶずぶと、深く、挿し入れる。
「痛くないか?」
彼は何度か頷くと、黙って毛布を噛んだ。
舌で指が入ったその周りも愛撫する。
オイルの香りが鼻についた。



二本の指に少し力をこめて隙間を作り、舌を進入させる。
中もチロチロと舐めてやると、さらに体を震わせ、声を噛んだ。
指をぐるりと円を書くように動かし、指を折り曲げてやると
「ふぁ・・っ!」
当たったらしい。
そこを重点的に攻める。
擦り、撫で、指先でつつく。
「んっ!んんっ!!」
再び口で彼自身を愛撫してやると苦しそうに喘ぎ、さらに硬度を増した。
指を私自身に見立て、激しく出し入れする。
「や・・・っ!は・・っ!ルガジーン!」
手を掻いて私を求めてくるのが嬉しかった。
「ルガジーン!」
その手は私の頭を抑え、もっと舐めて、と懇願する。
首を激しく動かし、唾液の音を聞かせてやる。



オイルと彼の愛液で濡れた指も、手を捻りながら中をかき混ぜるようにして出し入れる。
指の関節のゴツゴツした部分が中を刺激しつづけると、彼はとうとう声を上げた。
「ぁあー・・・っ!」
慌てて彼の口を手で塞いだが、その目は私を批難する目だった。
「バカっ!バカ・・・ッ・・あ・あ・・・・」
彼のペニスから口を離して、口付けをする。
「すまん、イかせていいか?」
彼は頷いた。
目に涙を貯め、色っぽい顔で私を見上げている。
口から覗く舌がやけに赤く見える。
じっとその表情に見とれていた視線に気が付くと、バツが悪いのかしがみ付き、私の肩口を齧る。
声を殺す準備だろう。性急に手の動きを早め作業に没頭した。
ぐちゃぐちゃ、にちゃにちゃと、あられもない音を激しく立て、
内壁は貪欲にもさらに指を深く入れようと蠢動した。
「愛している」
「んーーー・・・んんっ!んーーーーーーー!!!!」
そして、そこは指をきつく締め付けると、彼は意外なほどあっけなく達してしまった。



彼は自分の身支度を整えると
「俺だけで、いいのか?」
と、少し申し訳無さそうに聞いてきた。
私は指を拭きながら「なにがだ?」と、少しとぼけてみせる。
「お・・れだけ・・・・その、達して・・・」
「山串を作ってもらった礼、かな」
「材料を用意したのはお前だろう」
義理堅いというか強情なのか。
「貴殿の色っぽい姿を見させていただいたから、それはチャラで良いぞ」
「な・・・!」
みるみる、その顔が赤く染まる。
私は考える振りをしながら、顎に手をやった。
「実は、あの山串は罠でね」
「・・・?」
「にんにくの「効能」が表れるのは男性だと12時間後だそうだ」
ぽかん、と私を見ている彼ににっこり微笑んで続ける。
「12時間後、腰が砕けるほどにあなたを愛して差し上げる」
頬を再び朱に染めると「来るな、寝てる!」などと抵抗するので
「ふむ、貴殿の部屋で、というおねだりだな?」
わざと茶化すと頬を膨らませた。
私は笑いながら踵を返したが、その背にはバカだの
エロヴァーンだの絶倫だの遅漏だの罵倒?が投げつけられた。



さ、私も半日後にむけて一眠りするとしよう。
無論彼を寝かせるつもりはないが。