秘めたるは、その熱





アトルガンに冒険者が出入りするようになって、明らかに冒険者と
言えないような風情の人間達も彼等に紛れ込んでその町に溶け込むようになった。
冒険者に紛れ込むもの、それは他国から来た商人であったり、
自国を追われた犯罪者であったり、戦火を免れた難民・・・と実に様々。
冒険者、すなわち「傭兵」を受け入れる事によりアトルガンの軍事力は飛躍的に上がり、
常に三蛮族の勢力に悩まされた皇国にとっては好機。
皇都が傭兵に守られていれば、東部本戦へ兵を送ることが出来る。
ひょっとしたら近いうちに長きにわたる戦いが終わるかもしれない、と。



この冬皇都は例年にない賑わいを見せている。
傭兵達が中の国の祝い事を持ち込んだという。様々なカラーにライトアップされた町並みは、
美しく輝き、星ぼしのように瞬いて見える。クリスマスは終わり、このまま新年を迎えるのだと言う。
白い息を吐いてルガジーンは副官の女性に話し掛けた。
「もう数日で年も明けるのだな」
話しかけられた女性、ビヤーダは微笑む。
そのささやかな表情すら空気の振動で読む事が出来るのか、
ルガジーンも彼女からは見えない位置にいるにもかかわらず、穏やかに微笑んだ。
ここアトルガンでも新たな年明けはそれだけで特別な日だ。





中の国経由で流れ着いた男がいた。
黒髪を頭の上で結い上げ、沢山の行李をチョコボの羽車に乗せてきたと言う。
男はまず、この町にある織物屋に入った。
織物屋の店主は訝しげにも見慣れない形のその行李の中を見、けれどすぐにその目は輝いた。
中にはアトルガン絹糸も霞みそうなほどに滑らかで、色鮮やかな反物が入っていたのだった。
聞けば男は敵国であるひんがしの国から来た商人らしい。
クロウラーでもワモーラでもない「カイコ」から採った絹が
どれほどまでに素晴らしいか、危険を顧みずこの国にみせてやりたかったのだと言う。
織物屋は自分と同じくする商人魂にひどく感激して、反物をいくつか買い取った。
そうだ、この布でアルザビの守護者達に服をこしらえて進呈しよう、と。
ところがこの「カイコ」の絹布は使い慣れているアトルガン絹布より厚みがあり、加工が困難に感じられた。
ひんがしの商人は笑って「着物」の縫い方を教えてくれると言う。
商人の描いたデザイン画は男性と女性用、すなわち振り袖と紋付袴に分けられて描かれた。
着物と言うものは直線であるから、切ってしまえばあとは縫うだけだ。
多少着付けにコツがいるが、慣れてしまえばどうと言う事もない。
ひんがしの国の商人は、文化交流という名目でしばしこの町に滞在する事となった。





「・・・と、言うわけで、織物屋のご主人から贈り物を頂きました。
 私たちのイメージカラーで作ってくださったそうよ」
ナジュリスはやや薄めの緑色を基調とした、大人っぽいデザインの振り袖を着込んで微笑んでいる。
絵柄は大きな「手毬」ひんがしの国で古くから伝わる童女の玉遊びの道具である。
無骨な男連中も、彼女のしとやかな姿に、一瞬目を奪われたほどだ。
ナジュリスはサラリとした水色の着物をミリに見せると
「着付けは私がして差し上げるわね」
そう言いながら、今度は違う箱を開ける。
「これは濃い茶色の袴、ザザーグのね。大きいし。こちらは黒。素敵、ルガジーンのかしら」
「ほー、俺たちにもあるのか」
「勿論よ、織物屋さん全員分ありますよ、って仰って下さったんです」
「それはありがたいが・・・しかし、ひんがしの国の文化にこんな形で触れるとは思わなかったが・・・」
「あら。赤い・・・ガダラルのね。・・・あら・・・袴じゃないわ」
「なんだと?」
スルリ、とその赤い布を取り出すと、そこにいた全員が感嘆の声を上げた。



赤。燃えるような赤、である。
胸あたりの色は緋色だが、下へ行くほどに濃くなり、血のような赤へと変わる。
さらに、赤地に蝶と大花の白抜きが施され、目立たないが、金糸と銀糸で加工もしてあった。
誰の目をも奪う、斬新で艶やかな色。それは彼にふさわしく、炎と血の色。


「・・・俺は着んぞ!それは女物だろうが」
「・・・うるさいわね。赤はアナタ用でしょう」
「大体何なのだ、織物屋め、アトルガンの貨幣を敵国に流しやがって」
これは経済的策略だ、まんまとはまりやがって!・・・などと
騒ぐガダラルのことは無視し、さっさとナジュリスは全員に着物を渡す。
「着付けは教えていただいたから皆さん、お部屋でお待ちくださいね。さ、ミリ、行きましょう」
「歩きにくそー」
「いいじゃない。きっと可愛いわ」



まずはミリの部屋に消えた二人の背を見送ると、ザザーグは愉快そうに自室へ向かった。
「待て、いいのか、こんな。敵国のモノだぞ」
「文化ってのは誰が反対しようが流れてきちまうもんさ」
ガダラルは憮然としたまま、今度はルガジーンを見上げた。
「着るつもりじゃなかろうな」
「んーー・・・・・・」
一応は悩む振りをする、が。
「まあ、年に一度の事。良いではないか」
「おおおおいッ」
「ガダラル、この時代を見なさい。傭兵の受け入れと共に我々の知らぬ世界がこの街に流れ込んだ。
 ザザーグではないが、人の口に戸は立てられぬ。目に見えぬものは人の集まる場所に集う。
 それは我々軍人が大威張りで禁じようが、民衆が認める文化は彼らの手によって広がってしまうのだ。
 新しきものを認めるのも、時代を上手く生きていく手段なのだぞ」
「・・・貴様は愛国心がないのか」
「貴殿は東部にいたからひんがしの国を良くは思ってはいまい。私もそうだ。
 だが、戦争などと言うものは上の人間達の意地の張り合い。
 庶民達はただ、早く終わる事だけを祈っているのだよ」
「しかしな・・・!」
「着たくなければ着なければ良い。それだけの話」
「まあ、な。女物だしな。打ち捨ててくれる」
「・・・」
「・・・不満そうな顔をするな・・・ッ」
「・・・いや、不満など・・・。ああ、しかし残念だ・・・。
 新しい文化に触れ、益々貴殿の教養も深まると思いきや・・・」
「・・・?」
「我々への感謝の気持ちと、贈ってくれた折角の織物屋の主人の心遣いも分からぬのか・・・!」
「・・・・・・畜生・・・っ!」
ルガジーンの過剰な芝居に折れ、ガダラルはギリギリと唇を噛んだ。




ミリの着物は水をイメージしているようで、流水紋にあやめの花が描かれている。
花は紫色なのだが、その一輪一輪が濃度の違う色で染め上げられ、染色職人の技が伺えた。
それに今日は化粧もしっかりとしているようで、いつもは差さない口紅が大人びて見えた。
「これは綺麗だな」
「おーおー、可愛いな、ミリ」
ルガジーンとザザーグがまるで自分の娘の初舞台のような、感慨深げな声を上げた。
「恥ずかしいし苦しいよぉ」
「これなら一日上品に出来るよな。ガハハ」
「んもう、どういう意味だよッ!」
そういうザザーグもしっかりと袴を着せられ、なんだか照れくさいのも事実だ。
「山みたいだねッ」
「色もこんなだしな、違いねぇ」
「ルガジーンも素敵だよぉ。背が高いから格好良いよ」
「そ、そうか?いや、照れるな」
褐色の肌に引き締めたような黒い和装。女性ならだれもが目を奪われそうな偉丈夫がそこにいた。
「でーー?ガダラルはぁ?」
ようやく全員の着付けを終えて、少々疲れた風情のナジュリスが戻ってきた所だ。



「恥ずかしいからって部屋から出てきません!
 着たから織物屋への義理は果たしただろう、って聞かないのよ」
「えー、だって新年の儀があるじゃん。全員揃わないと聖皇さまへ謁見できないじゃん!」
「ミリはその後の食事会が楽しみなんだろ?」
「む、ザザーグだってタダ酒目当てでしょ!」
「言い合ってないの。さ、閉じこもったアマテラスを呼び出せるのは、ルガジーンしかいないわね」
「そうだね、ルガジーンしかいないね!」
「お姫さんを呼んで来いや」
「呼びに行くくらいなんでもないが・・・アレは意固地だから無事に呼び出せるか解らぬぞ?」
と、ガダラルの部屋へいこうとするルガジーンの袖を掴むものがあった。
背後を見ると、ナジュリスが
「それがね、ちょっと吃驚するぐらい綺麗になってしまったの」
「・・・ほう」
「調子に乗ってお化粧しちゃったのが悪かったわ・・・」
そこで、ナイショ話へと移行する。
ーーー本当に綺麗なの。あなただってクラクラするくらい綺麗なの。
 だから、もし着崩れをしてしまったらこっそり呼んでくださいね?
つまり、着崩れしてしまうような事態は想定の範疇です、と言うわけだ。
ルガジーンはコホン、と咳払いをしてガダラルの部屋へと向かった。



扉を叩き、部屋の主人の返事も待たずしてそれを開ける。
天の岩戸とは違い、それは容易に開いた。
「ガダラル」
ソファに腰掛ける人影。逆光で彼の姿はすぐには見えなかったが、
そのシルエットは普段の何倍もしとやかに見えた。



黒と赤の邂逅。
目が慣れ、ルガジーンはそこに腰掛けるガダラルの俯き加減の表情を見、そして見とれた。
「・・・見るな・・・!」
白い肌と赤い着物のコントラスト。
中途半端に伸びた髪は、白いこまやかな花の髪飾りで少しずつ束ねられ、
特徴のあるサイドの髪を残したまま後ろへと流されている。
本来ならアップに結うべき髪を、襟足を誤魔化すように大きな、同じく白百合の髪飾りで束ねられていた。
細く、白い首とうなじの美しさが際立つ。
「・・・ガダラル・・・」
思わず跪き、恥らう彼の手を取っていた。その爪にも、薄い色が添えられていた。
「素晴らしい・・・」
整えられた柳眉は困ったような形を作ってはいたが、瞳の色に合わせて瞼に蒼い色が乗せられている。
眉から瞳へと落ちるグラデーションは、まるで長い間氷に閉ざされた湖に眠る宝石の色を思わせた。
元々白かった肌も薄く粉を叩かれ、きめ細かに仕上がっている。
そして、唇。
肉感的なふっくらとした艶のある血の色。
「・・・ぁ・・・っ」
ルガジーンは何も言えないまま冷えた着物の腕を掴み、その唇を奪っていた。
「紅が・・・!」
抵抗などさせてくれるはずもなく、あっけなくもガダラルはその腕の中に陥落する。
「綺麗だ・・・。美しい・・・」
「これは女装だぞ、変態っ」
ちゃぷ、と互いの舌が鳴った。


「着物が乱れる・・・やめろ」
「ナジュリスがそれでも構わん、と」
「あの変態女・・・ッ」
すでにガダラルは両膝を床についた状態で、ベッドに突っ伏してる。
着物は捲り上げられ、肌はすでにルガジーンの指に弄ばれていた。
長い指が出入りするその場所が、ゆっくりと解きほぐれていく。
指の悪戯だけでなく、無防備なふっくらとした白い尻も舐め、甘く齧ると、彼の体がビクリと反応する。



潤滑油のくちゅくちゅという音がソコから鳴り響く。
体を合わせるようになってから常備するようになった
そのオイルは体温に温められると淫靡にも似た甘い香りを放つ。
「・・・っ・・・ぁ・・・!」
「声は、抑えろ・・・な?」
声を上げたほうが感情が高まり、快楽が増すが、時間も時間なので誰に気付かれるとも解らないからだ。
ルガジーンは抱きかかえるように自分の腕をガダラルの顔へ押し付けると、彼は遠慮なくその袖を噛んだ。
ガダラルの額に浮く汗を撫でながら、ルガジーンは自分自身を抜き、ゆっくりと、やがて忙しなく出し入れする。
声は我慢するものの、しかし体の奥から沸き起こる波を我慢する事はできない。
「中は、こんなにも熱い・・・」
暫しその中をかき乱され、やがて男の手の中に精を放った。



男性二人で知恵を絞っても、着付けなどできず、案の定ナジュリスの手を借りるはめになった。
今までに見たことの無い勝ち誇った表情をガダラルに見せたが、
これから世話になる。言いたい言葉をぐっと堪えた。
ルガジーンは帯を締めなおす程度で、さっさと身支度を終え、
鮮やかに染まっていくガダラルを、半ばうっとりと見つめていた。
「そんなに見るな・・・」
と、小さく抗議しようも、ガダラル自身が彼の優しそうに見つめる表情に安堵していた。
「下着の線が出てしまうから襦袢だけ巻いてその上に着物を着せましょうか?脱がせやすくもなりますわ」
「それも良いな」
「バカを抜かせ!」
「あら、冗談よ」
「冗談に決まっているだろう」
女性なら下着無しでも良いかもしれないが・・・。ガダラルは男性である。
付いてるものがある以上は下着無しでは心もとないだろう。
二人にからかわれ、少し頬を膨らませるガダラルであった。




着付けが終わると、肩の上に手ぬぐいを広げ、化粧にとりかかる。
下地のクリームを塗り、小さなシミにはコンシーラーを重ねて、
肌の色に合わせたファンデーションを薄く延ばす。
軽く白粉で顔を叩き、柔らかな毛のついた大き目の
化粧ブラシで余分な粉を落とすと、きめの細やかな肌が出来上がった。
ほう、とルガジーンがため息を漏らすと、ナジュリスはにっこりと微笑んだ。
「女性とは凄いな、こうやって自分が美しくなる術をすぐに身に付けてしまう」
手際よく両の眉を描き、まつげを立ち上げる。
元々綺麗なブルーのその瞳が大きくなったようにも感じる。
その瞳の色を生かすよう、瞼に蒼を乗せた。
瞳の色から眉へ、次第に薄くなるように指で伸ばすグラデーション。
無駄に色を使わず、力を加減するだけで蒼という表情が豊かに表現される。
「・・・綺麗だな」
「バ・・・」
本心からの感想にガダラルは恥ずかしそうに俯いたが、すぐにナジュリスの両手で顔を上げられてしまった。
これから紅を差す。
カラーパレットから色を選ぶと、それをルガジーンに一度見せた。
「この色、素敵でしょう。真珠の粉が練り込んであるんです。自然と唇が輝いて見えるの」
着物に合わせた落ち着いた赤が、確かに輝いて見える。
平らな紅筆にまとわせ、滲みを防ぐため唇の輪郭をなぞってから線の中を丁寧に塗る。
元々ふっくらとしたその唇が鮮やかに色付き、グロスを乗せられると、さらにそれは艶やかに輝いて見えた。
なるほどこれの仕業か、と一人納得する。
誘うような唇に、何の抗いもせず魅了された。この艶が心を掻き乱したのだ。



髪は左サイドだけを少し残し、小さな白い花のモチーフの髪飾りで摘むように飾る。
最後に襟足の上で縛ると、百合の大輪とその葉、かすみ草のモチーフの飾りを施す。
「この髪飾りはわたしが昔使っていたものなんです」
「ほう」
「今はこんな頭ですから、使えませんけどね。これも未練、でしょうか」
「・・・?未練とは?」
「女であることの」
ナジュリスは「できた」と呟くと鏡でガダラルに自分の顔を見せてやった。彼はすぐにそっぽを向いたが。
にこりとルガジーンに微笑みかけると、場所を譲る。
正面に立った男に視線を向けると、ガダラルは
じっと見つめたが、すぐに顔を背けた。先ほどのように襲われては敵わない。
ルガジーンはルガジーンで、彼の艶姿に何も言えず、ただ黙って見つめるばかりだ。
「褒めて差し上げたら?」
「あ・・・っ・・ああ・・・」
「無理して言う事など無いぞ!」
「いや、言わねばならぬ事だ。ガダラル、本当に綺麗だ。惚れ直した」
「ま、また貴様は人前で・・・ッ!」
そうは言うが、表情は嬉しそうだ。ナジュリスは化粧道具をしまいながら、こんな事を言い出した。
「中の国がこの国にもたらしたもの、このアイゼリンのコスメ。わたしはこれがとても気に入りました」
慈しむように、一つ一つを化粧箱に収めていく。
それは彼女を慕う傭兵から贈られたものだと、聞いていた。
日晒しの見張り、屋外での激戦。しかし中の国との交流が始まると、
ナジュリスはその頬にあったそばかすが消えたのだと喜んでいたのを知っていた。
弦を引くため邪魔になるからと髪を切り、伸ばす事を諦めた女性。
たった一人の肉親である弟と、この国を守るために努力をし続ける女性。
彼女を改めて見て、彼女がこれほどまでに着飾った事があったかと、思い直す。
この日のために荒れた指先や爪にクリームを塗って手入れをしたのだろう。
弦の強い衝撃で割れたはずのそこには花の模様のつけ爪をし、
化粧を施し、街の一般的な若い娘のするように特別の日に特別な衣装を着ている。
そんな当たり前のことを、彼女は今まで出来ずにいたのだ。
「ナジュリス、貴女も美しいよ」
「・・・ぇ・・っ・・!」
突然のルガジーンの労いにも似た言葉に、ナジュリスは言葉に詰まっていた。
蛇将として才能を見出してくれたルガジーン。
今まで男などに負けたくは無い一心で戦ってきたが、彼は自分が女性であって良いと、認めてくれている。
女性は戦いには不利だ。
腕力も体力も男性には敵わないし、月のものがある以上、
騎羽も困難になるし、それを不浄だと蔑む輩だっている。
だけど、それを全部包み込んで、ルガジーンはナジュリスの力を欲した。
初めて認めてくれた男。
その言葉が、ナジュリスの今までを救ってくれたようで、彼女は微かだが、その目に涙を浮かべた。
この人の下で戦ってきてよかった、と心に沁みた。
・・・・・・が。
突然ルガジーンの顔にクッションが叩き付けられた。
「づぁ・・・っ!?」
訳もわからずおかしな声を上げ、飛んできたほうを見ると
ガダラルが続けてバフバフバフッと3回も投げて寄越した。
勿論、その顔にクリーンヒットした。
「畜生、俺がどんな気持ちで化粧なんか受けたと思っている!死ねッ!出て行け、貴様等」
それは自分の前で他の女を褒めた事による嫉妬に他ならなかったが、結局また閉じこもってしまった。





「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
とぼとぼと戻ってきたルガジーンとナジュリスを見ると、ミリは盛大に抗議した。
「お腹すいたすいたすいたーーーーー!」
ルガジーンはザザーグを見ると「すまぬ、あとは腕力が頼りだ」と、引きずり出しの命を与えた。
ザザーグはニヤリと笑うと指をバキバキと鳴らし、ガダラルの部屋へと嬉しそうに向かった。
「最初っからこうすりゃ良かったんだよ!」
「だって、晴れ姿は真っ先に好きな人に見せてあげたいものでしょう」
「うーむ、しかし、何故怒りだしたのか?最初の化粧は受けたのだろう?」
少々野暮天なルガジーンは、ガダラルが怒った理由が化粧、だと思い込んでいる。
「あら、お解りにならないのですね?最初のお化粧は、
 ルガジーンが喜んでくれるわよ、って言ったから
 大人しくさせてくれたんです。なのに、私なんかを褒めるから・・・」
「えっ!?なになに!それって!」
ミリの尻尾がピーンと立ち上がった。
「嫉妬したってこと?ガダラル、可愛いよ!ガダラルww」
どこかで聞いたことのあるフレーズだな、と思いつつも
腕を組み、乙女心?は難しい、と改めて思うルガジーンであった。



と、その時ガダラルの部屋から絶叫が聞こえたため
「あ、捕獲成功」
と、3人で呟いていた。

程なくして謁見の間にて五蛇将揃っての新年の挨拶が執り行われた。
ただ、ガダラルだけは女性ものの着物を着せられ、ザザーグの肩で伸びていたが。
「貴公ら、新年早々遊びが過ぎるな」
宰相の呆れた声は五蛇将の長であるルガジーンには刺のように心に刺さった。
まあいい、彼が目を覚ましたらきちんと褒めてあげよう。
ぶすくれてそっぽを向くだろうが、その顔も可愛いのだから。








ふと眼を覚ますとそこは、自室だった。
・・・とは言い切れないかもしれない。
強烈な一撃を鳩尾に見舞われ、息が詰まり、気を失った。
その時から先ほど目覚める、その間までの記憶が全く無い。
だから本当にここが自室かは一瞬では確認のしようが無かった。
糊の効いたまっさらなシーツだって、匂い一つ伺えない枕カバーだって
すべて兵舎の備え付けのものであり、他人の部屋でも大いに使いまわされている物だから、
はっきりとそれが自分の愛用品だという確認が出来ない。
なにせ毎日掃除女はこの部屋に入って洗濯籠にあれやこれやと突っ込んでいき、
昨日のうちに洗ったものをさっさとベッドなり枕なりに敷いていく。
清潔さを保ってくれる事は結構な話なのだが、結局は誰のものかわからない、という状況であり、
今こうして覚醒しきってない頭はぼんやりと。やはり、自室なのかどうか今ひとつ確証が持てない。
おまけに各将軍の部屋の間取りは皆同じようなものだ。
ただ、天蛇将だけが恐ろしく広い部屋を宛がわれてはいるが。
・・・と、いうことは、ここは天蛇将の部屋ではない事は確かだ。
ザザーグ、ナジュリス、ミリ。
他の将軍・・・。
いや、と思い直す。
あの小さなテーブルに見覚えがあるし、本棚に納まる書物の背帯、それは間違いなく魔道のもの。
つまり、この部屋は確かに自室であるに違いなかった。





自室のベッドで寝かされている、ということに安堵し、こんどは体の確認に移る。
横に向けられ、寝かされていたようだ。
ずらそうと仰向けになろうとしたところで、背中にひどく邪魔なものを感じた。
手を、滑らせて確認すると、やけに固いものが結んである。
帯だ、と気付く。
そうだ、戯れに女装をさせられたのだ。
化粧まで施され、男の尊厳を踏みにじられた。
手の甲で唇をぬぐうと、確かに赤い紅が着いた。
その手を後頭部に移動させたが、そこにあったはずのやたらでかい髪飾りは無くなっていた。
少し安堵をする。
仰向けのまま帯を解く。
おはしょり、帯締め、帯揚げ、衿のあわせ・・・とすべてが
完璧に出来ていたのを、無理矢理力任せに引っ張って解く。
帯はしだれ桜、という結び方がしてあったものの、無残にもただの両面使いの布へと変貌した。



ようやく呼吸は楽になったが、振り袖は羽織ったまま、ズルズルと引きずって暖炉へと向かう。
冬にしては室温は高かったが、薪の確認をしたかったのだ。
・・・と、その暖炉の前でコックリコックリ、と夢と現の白河夜船を漕いでいる者がいた。
小さく火のはぜる暖炉の前に長椅子を持って陣取り、
火の番のつもりが、いつしか心地よい眠りへと誘われてしまったのだろう。
そして、気を失ったガダラルをこの部屋に運んでくれた本人でもあるらしかった。
普段の激務である。つい、睡魔に襲われるのは・・・無理も無いだろう。
通常ならたたき起こす所だが、ガダラルは
彼の足元にちょこん、と座ると、炎に照らされる端正な顔立ちを見つめた。


浅黒い肌に炎の緋は良く似合っていた。
彼は自分ばかりを褒めちぎるが、こうしてまじまじと見ると、
やはりこの男以上の偉丈夫はそうそういない、と確信する。
長椅子に体をすっかりと収め、睡魔への抗いか、肘置きに手を立て、そこに頭を乗せている。
それがコックリコックリ、と揺れるのである。
危なっかしくて、でも早く眼を覚まして欲しくて、その腕を引いてやろうかとも思案したが、結局それは辞めた。



こうして動きつづける炎に照らされる男の顔は、彫りが深いせいか陰影がはっきりとしている。
普段は金色に輝く瞳も、瞼で閉ざされている。そこを彩る睫毛は、意外と短く、しかし濃い。
鼻筋は高く、なんとも形良いし、薄い唇が・・・男の色気、というものに彩られて感じた。
多分、その火の色のせいだ、と思うのに。
ガダラルの体の奥が疼く。
この唇が愛を囁き、体中を愛撫し、快楽へ導く。
ガダラルはこの男の手筈をすべて知っている。知っているはずなのに、
受けるたびに翻弄され、そのたびに自由になれないのもまた不思議だと思っている。
黒い衣装に覆われた肌もまた炎に照らされて普段とは違う印象を受ける。
長く、太い指。腕。肘。



触れたら、起きてしまうだろうか。

その腕の固い筋肉に安心する。
触れたい。


パチリ。
薪のはぜる音に慌てて手を引っ込め、男が起きてしまったのでは、と不安になる。



目が、合った。
「・・・起きていたのか・・・すまぬ、寝ていた」
窮屈な場所で寝ていただろうか、伸びをすると、男の背骨がバキバキと鳴った。よほど凝っているらしい。
「なんだ、帯を解いてしまったのか」
ガダラルを運んだベッドのほうを見ると、彼らしくもない、
帯や帯止め、そういったものが蛇のように投げ捨ててあった。
「あんなものは苦しいだけだ」
「黒い帯に赤い花の刺繍・・・似合っていたのにな」
ふ、と微笑む。



この慈しみ溢れる目も好きなのだ・・・と思う。
瞳に炎が移りこんでいた。
魅了されたかのように、彼の固い腕に手を乗せ、ゆっくりと顔を近づける。
男も、ガダラルがどうしたいのか気が付き、彼の頬を引き寄せた。



唇が、重なる。



ルガジーンの褐色の手が静かにガダラルの頬を撫でて、
首筋から襦袢へと触れ、羽織っていた赤い着物をゆっくりと肩から落とす。
心が騒ぎ立つような絹の擦れる音を立て、それは絨毯の上へと広がった。

唇を離して見つめ合い、けれどガダラルは俯く。
顔を背けたままルガジーンの頭部へ手をやり、自分を下にしたまま引き寄せる。
「ここで・・・」

炎のはぜる音と熱は二人の営みを邪魔するほどではなかった。