甘い運命





寒さは、相変わらず厳しい。
外套の衿を立て、顔をすくめる。気温の差は無いものの、こうする事でほんの少しだけ風を防げる。
あいつも、寒い思いをしているのだろうな・・・。



傍らにいるシャヤダルに気付かれないよう、ガダラルはそっと、思い人へと目を忍ばせる。
その視線に気がついて、彼はたまに手を振ってくれる。
そういったささやかな行動が、少し嬉しい。



しかし、この日・・・ルガジーンを取り囲む傭兵達の姿が煩わしいほど目に入った。
おかしい、市街戦はまだだが・・・と、思う間もなく傭兵達の黄色い声が響いた。
どうやら傭兵は女性ばかりらしかった。
きゃいきゃいと騒ぎ立ててルガジーンを囲んでいるのである。
気にならないわけが無い。
自分でも最近知ったのだが、ガダラルは非常に独占欲の強い男だ。
ルガジーンは自分のものだ、と二人の仲を
知るものには豪語しいているし、彼にもそれは誓わせている。
つまり、自分のものを傭兵の、しかも女などに囲まれて面白いはずがない。



傭兵ごときに嫉妬か、と、自分を嘲笑もしてみるのだが、やはり腹が立つ事には代わりがない。
ルガジーン自身は元々はヘテロセクシャルであるから、
女性が群がるのは彼にしてみたら嬉しい事だろう。
あの優しい目が自分以外の女傭兵などに向けられると思うと腹立たしい。
・・・と、見ると女傭兵は彼に何かを渡して去っていった。
何だろうか。







その夜、ルガジーンの部屋を訪れた事により、渡されたものの正体はあっけなく解った。
執務用の黒檀のデスクに無造作に置かれていたのである。
「・・・なんだこれは」
しかし、それを見てさらにガダラルの機嫌は悪くなる。
可愛らしいハート型のものが、赤いリボンでさらに可愛らしくラッピングされているのだ。
明らかに好為を寄せるものからの贈り物だろう。
「チョコレートを頂いた」
「・・・へぇ・・・?」
「バレンティオン?中の国の文化がどんどん流れてくるな。楽しい変化だ」
「・・・ほぅ・・・」
「・・・機嫌が悪いな」
ルガジーンは包みを開けると、その大きな手でいとも容易くチョコレートを砕き
「ほら、疲れてるなら甘いものを食べなさい」
その欠片を1つ渡してくる。
人の気も知らんで、という醜い感情は抑え込む。



奪うようにしてそれを受け取ると、口に放りこんだ。
気だるいほどの甘さが口に広がるし、ククル豆の潰しが足りないのか、
攪拌が足りないのかややざらつく。所詮はクリスタル合成だ。
ガダラルの舌にはお世辞にも美味いとは言いがたいものだった。
「・・・不味い・・・」
その言葉にルガジーンは、眉をひそめた。
「美味いよ、好意には何ものにも替えられない」
つまり、不味いものを美味いと嘯いて
食ってるのだろう、とガダラルは怒鳴りたかったが、これも抑えた。
ルガジーンはそういう男だ。
義に厚い。他人の気持ちを自分の事のように尊重する。
だから惚れた。
「フン、俺がもっと美味いものを作ってやる」
ガダラルはどすどすと足音を立てて、ルガジーンの部屋を後にした。





相変わらずの書類に埋もれるように執務をこなしていると、再びガダラルが戻ってきた。
何か作ると言っていたが、その手には小さな麻袋が握られていただけだ。
そこから香りが漂い、ローストしたてのコーヒー豆ということに気付く。
ルガジーンは不機嫌そうなガダラルに無理に話し掛けようともせず、
彼のことを目で追ったが、スクリーンに区切られた
向こう側・・・つまりプライベートスペースに入ってしまった。
はて?・・・と首を傾げ、それからペンを走らせ、
口寂しいのか思い出したようにチョコレートを齧った。
やはり、甘い。
そろそろコーヒーでも飲みたいが、と思い、
立ち上がったと同時に微かだが豆を挽く音が簡易キッチンから聞こえてきた。
さすがガダラルは気が利くな。
再びルガジーンは腰をおろし、彼がコーヒーを持ってきてくれるのを心待ちにした。



暫し経ち、、眉間に深く皺を寄せたガダラルがカップを持ってきたのである。
「コーヒーか。そろそろ欲しいと思っていたところだ」
「フン!」
デスクにカップを置く。
が、それはいつものアルザビコーヒーと少々香りが違うように思えた。
「口の中が甘ったるかろうと思ってな。飲め」
「ああ、ありがとう」
カップを手に取り、その香りを楽しむ。
やはり、いつもと少し違う。
ガダラルの顔を窺うようにしたが、彼はそっぽを向いていた。
何で機嫌を損ねているか、察しはつくのだが・・・。
とりあえず、息をかけて少し冷ましてから口に含む。
芳醇なコク、切れのある苦味と、ほのかな酸味。
口の中でゆるく舌で掻き、鼻へと香りを逃がして楽しむ。
ガダラルもコーヒーを淹れるのが大分上手くなった。
恋人の影響は、少なからずある。
「・・・ん、旨い」
「それだけか」
「いつものコーヒーと違うようだが?」
「貴様のような朴念仁でも解るか」
「・・・ぼ・・・」
ガダラルが嫉妬しやすいのは知っている。
隠しても、おそらくチョコレートを貰う姿を見られていただろうから、
隠すのは無駄だと思って出して置いただけだし、
また、それを食べさせようとしたのも多少気が利かなかったかもしれない。
ただ、こんなことはルガジーンにとっては「取るに足りないこと」なのである。
見知らぬ女性にチョコレートを貰ったからといって、
この程度の事で二人の関係がどうとなるとも思わない。
二人の間には揺るぎない信頼があると、ルガジーンは思っている。
「コーヒー豆をローストして挽く時にククル豆を混ぜて挽いた。フレーバーコーヒーだ」
仏頂面で、相変わらずそっぽを向いている。
「ふむ」
もう一口、口に含み、ゆっくりと嚥下する。
先ほどは口に残ったチョコレートが強すぎて僅かしか感じられなかったククル豆の香りが鼻に抜ける。
「なるほど。・・・これは旨いな・・・」
「豆なら、まだあるから好きなときに飲め」
「や、ありがとう。こんなチョコレートも良いな」
「か、勘違いするなッ!このようなもの、チョコレートなどとは言わん!」
「ん、しかし、愛情が詰まっているだろう?甘くて、旨いよ。・・・貴殿のように」
ルガジーンは余裕ありげに微笑んで見せると
、ガダラルは頬を赤らめてどすどす音を立ててプライベートスペースへ消えてしまった。
それがおかしくて、くつくつと笑う。



「やはり、アレが一番愛らしいな」



残った最後のひとかけらを口に放り込んで、噛み砕いた。