チョコレート





嫌になるほどこの国に溢れかえった中の国の傭兵達の持ち込んだ文化。
それは少なからず五蛇将にも影響はあり・・・。



「ほれ、すげぇだろ!」
大きな麻袋を抱えたザザーグがいつものように豪快に笑うと、
食堂の一般兵士用の巨大なテーブルに中身をぶちまけた。
「わぁーーぉ」
ミリもそれを見て目をキラキラと輝かせている。
色とりどりのラッピングを施されたチョコレートの山、である。
中には携帯用のチョコドリンクもあるようで、これはプレゼントをした傭兵が、
見張りの間寒いでしょうから、と差し入れをしたものだったので既に中身は空であった。
クッキーにチョコをコーティングしたもの、運んでくる間に形が
崩れてしまったチョコレートケーキなどもあり、甘いものに目が無いミリはとうとう涎をぬぐった。
「ザザーグってもてるんですね・・・」
ナジュリスは感心したように呟くと、その隣ですでにクッキーを口に運んでいるミリは
「ほとんど男からだったよね!ウホッ!」
サクサクと歯を鳴らす。
「まー、それは言うなや」
また、ガハハと笑うところへ、ルガジーンとガダラルが現れた。
ルガジーンも袋を抱えている所を見ると、チョコレートを貰ったようだ。
が、その傍らに居るガダアルはむすくれていた。
それはガダラル得意の「嫉妬を顔に出さないようにして少し失敗」の表情だというのは
皆知っているから、かえって微笑ましい。
「なんだ、貴様もそんなモン貰って浮かれてやがるのか」
いきなりの喧嘩腰ではあるが、事情が解っているから、怒っても仕方ない。
「まったく、良いように懐柔させられおって。何が中の国の文化だッ」
「あら、可愛らしい行事じゃなくて?」
「おっと、貴様はチョコレートなぞ贈るなよ?贈られた男が逃げ出すわ」
「あら、失礼ね?これでも傭兵の皆さんの前では本性を隠してるから大丈夫よ^^」
「まぁまぁ、そこまでで辞めなさい」
ルガジーンがその場を制し、ナジュリスの本性は現れるに至らなかったが。
「そんなガダラルはチョコ貰えなかったのー?」
「貰うか、バカバカしい」
兎に角、傭兵も中の国も、その文化も嫌いらしい。
「来年は貰ってよね!ボクが食べてあげるからさ」
「五月蝿い、太れ、糖尿になれッ!」
「あーーー、なにそれひどーい。ボク、もうガダラルの作ったおやつ食べてあげないッ」
「わけがわからん」



口論が終わりきらないうちにルガジーンが貰ってきたチョコレートもテーブルに開けられ・・・。
二人分のそれに全員が軽く青ざめた。
「・・・どうやって消費したら良いのでしょうか・・・?」
「クッキーやケーキなどはそのまま置いておけば兵士が摘むと思うが・・・・・・」
「ハートチョコが厳しいな。食ってるうちに飽きる。これはまぁ、加工してやればなんとか・・・」
と、言い終わらないうちに全員がガダラルを見。
「よろしく!」
頭を下げた。



かくして、またもやガダラル一人厨房に立つはめになった。
刻んだチョコレートに暖めたセルビナミルクを注いで
ガナッシュクリームを作り、そこに鳥の卵の卵黄。
チョコレートの溶け始める温度は36度程度で
卵の煮える温度は約60℃であるから、まぁ、固まる心配は無い。
それをきちんと合わせ、一方で卵白を泡立てる。
角が立つそれ以上まで泡立てると、しっかりとしたメレンゲになった。
それを少しガナッシュクリームに合わせて伸ばし、残りも泡を潰さないように良く混ぜる。
小さな器に器にうつしたところで軽くブリザド。
「わぉぉ!」
ミリの喜ぶ声と共にチョコレートムースは完成した。



その美味さに4人は身を捩って感激していたが。
その合間にルガジーンは意外と甘いものも好きだったな、と思って
酒もたっぷり入れたガナッシュクリームをつくる。
ここに暖めたミルクを注げば簡単にチョコドリンクになるし、
フルーツにこれを付けてもチョコレートフォンデュになるし、それも美味い。
部屋に置いておいても良かろう、と気を利かせる。





それが失敗だった、とその夜のうちに気が付くのだが。



「ああ、美味かったな」
部屋に戻るなり、ルガジーンは満面の笑みで先ほどのムースの感想を述べた。
「本当に、色々作れるのだな」
その感想は、嬉しいが。
「しかし、少し物足りんな」
「ムースなどはほんの少し楽しむものだぞ」
と、言いつつ手に持っていたガナッシュクリームを見る。
ルガジーンもそれを見た。
「畜生」
作り置きの意味が無いではないか。
結局腹立たしいと思いながらも、まだ暖かいガナッシュクリームを供することとなった。
また厨房に戻って、適当なフルーツをざくざくと切り分ける。



「あら?どうしたの?」
ムースを食べ終わって、それでも食堂に残っておしゃべりに
興じていたナジュリスとミリが厨房を覗き込んでいる。
「あんのバカが食い足りないとか言いやがってな!」
「あははー、お嫁さんは大変だねー」
「な・・・!誰が嫁だっ」
「食べたりないならガダラルを食べれば良いのに」
「げ、下品な事ばかり言うな、貴様ッ!!」
二人の目の前に皿をドン、と置くと怒りながら食堂を出てしまった。
「からかわれてるのに、私たちの分までフルーツを用意してくれたわ・・・」
「だからボク、ガダラル好きなんだよねー・・・」
大きな皿には、しっかりと二人分のオレンジ・デルフラントペア
カザムパイン・パママ、が盛り付けられていた。
「あら、ミリったら。そうだったの?」
「うん、おやつが美味い」
あら、見当外れ。





「貴様、暇さえあれば仕事だな」
執務用デスクに就いていた男に悪態を吐き、テーブルに手招きする。
「食え」
ルガジーンの目が輝く。
「綺麗だな」
盛り付けも繊細であった。食べやすい大きさにカットしてあるそれは、
個々に盛り付けられ、なんとなく花のようにも見えた。
「ガナッシュを付けて食・・・あ・・・!!」
最後まで言い切らないうちにガダラルは絶句した。
付けて食べるべきガナッシュを、皿の果物に直接ダラーーーっと掛けたのである。
折角綺麗に盛り付けたのに、こげ茶色のどろどろのチョコレートの洪水に
呑まれてしまった。
「なんて事を・・・貴様・・・!」
「ん?」
何も知らずフォークでフルーツを摘む男には罪はない、が。
腹立たしくて自分のフォークでぐちゃぐちゃに掻き混ぜてやった。
「そうやって食べるのか?」
「ど、どこまで天然だ、貴様・・・!」
天然には誰も勝てない、とは誰の言った言葉か(非女被害報告スレ)。





プリプリ怒りつつも美味いものは美味い。
暫し見た目の悪いドロドロを口に運んでいたが
「そういえば、貴殿からは何も貰ってなかったが」
ルガジーンがおかしな事を言い始めた。
「なぜ俺が」
「何故とは・・・言って良いのか?」
「いや、悪い予感がする。言わんでいい」
「残念だ」
おおかた、女性役とかなんとか言うのだろう。
そう思われるのは正直気分が悪い。
普段から自分が男で居る事は誇りを持っているし、男として振舞っている。
そうは思っても、ベッドの中では・・・と考えると顔が赤くなる。
正直、彼に抱かれるとどうしても「女のように」なってしまっている。
可愛いと言われて嬉しいし、声だって自分でも驚くほど切なく泣くし、腰を震う。



つい、頭を抱えてしまった。
「・・・どうした?顔が赤いぞ」
「・・・!なんでもないっ・・・あ、酒、酒を入れすぎたんだ、そうだ。それだ」
「フウン?」
ふと、ルガジーンは立ち上がり、ガダラルの隣に腰を下ろした。
そのままテーブルに手を伸ばし、皿のガナッシュを指ですくうと、それをガダラルの頬になすりつける。
「何を・・・」
批難をいう暇もなくペロリ、と舐められ、身震いをした。
「甘い」
「あ・・・当たり前だ・・・ッ」
またもや、ルガジーンがチョコレートを指ですくうと
、今度はどこに塗りつけられるのかと身構えたが、自分の唇にそれを擦りつけた。
元々浅黒い肌ではあるが、チョコレートは艶をもって、その唇を彩る。
舐めたい、そんな衝動に駆られる。先ほどの妄想が尾を引いていた。
「ルガ・・・」
口付けではなく、舌で、そのチョコレートを舐るように味わう。
「変・・・こういうの・・・おかしいだろう・・・」
なのに、ガダラルのチュニックを脱がす彼をうっとりと見つめていた。



その白い肌にチョコレートの模様を描き、その度にルガジーンは舌を這わせた。
音を立て、まるで子猫のように美味しそうにガダラルの体を貪る。
「あ・・・ン・・・」
思わず、声が漏れた。
男なのに、とも思う。なのにしっかりと胸は弄られ、捏ねられ、立ち上がって感じていた。
この男が、自分の体を造り替えているような気がして、
もう、この体は目の前の男だけのものなのだ、と身に教え込まれている。
「き・・・もち、良い・・・」
「今日は素直だ」
「・・・今日だけ・・・ッ・・・だ・・・」
ニヤリと笑いながら、ソファの上だというのに、ルガジーンは器用にガダラルの服を剥ぎ取る。





「汚れる」
そんな批難も聞かない。
皿を逆さにし、室温で冷えてやや粘度をもったチョコレートをガダラルの体にゆっくりと溢す。



自分のありえない姿に顔を赤くしたが、けれど同時に興奮もしていた。
体中を舐めるルガジーンの舌が、いとおしい。
欲しい。
「ルガジーン・・・キス・・・」
そのおねだりは安々と受け入れられる。
この端正な顔が近づくにつれ、少し恥ずかしくて俯いてしまったが、
下から優しく掬い取るように唇を奪われた。



甘いキスはガダラルの心を蕩かせるに充分だった。
抱きかかえられ、ベッドへ横にされると、再び、
チョコレートを舐め取るルガジーンをぼんやりと見つめる。
赤い舌が動くたび、チョコレートの下から白い肌が見える。
エロティックで、厭らしい。



アンダーヘアの茂みを、吸うように楽しむ。
その直接的ではないもどかしさが却ってガダラルを大胆にさせる。
ルガジーンの頭を押し付けるように、懇願していた。
「・・・もっと・・・!」
チョコレートでべたついた手がガダラル自身を掴む。
そのものを、まるで別のものにすげ替えてしまったような濃い茶色。
それを、男は美味しそうに舐める。



舌を上下に這わせ、頬をすぼめて吸う。
唾液の音がガダラルの耳を侵し続けた。
けれど戯れか力を緩められてなかなか絶頂を迎え入れる事はできない。
吸われ、体が反応して恥ずかしさもあって足を閉じようとするのを、無理にこじ開けられる。
両ももを開かされ、あられもない姿に再び羞恥心を煽られた。
腰がずくりと、痛いような熱を帯び、
「・・・ッ・・・・・・ンン・・・ッ」
拒む間もなく、ルガジーンの口内に吐き出していた。
「苦い」
飲み干し、優しくガダラルの頭を撫でた。
「頬を赤らめる貴殿が愛しくて仕方ない・・・」
「バカ・・・ッ」
「甘い言葉は嫌いか?」
嫌いではない。ただ、恥ずかしい。
ルガジーンは自らの上着を脱ぎ
「チョコレートのように、私を溶かしてくれ」
ガダラルを見つめた。
恥ずかしそうに俯き、けれどしっかりと情欲を持った男を見ると、
両手を添えて閉じていた足をおずおずと開く。
この男が、欲しい。
「なら、俺の中で蕩けてしまえ・・・」





声を抑えようと、手の甲をかむ。
その手はどかせられ、男が自らの首へ導いた。
しっかりと抱き合い、口付けを深く交わしながら、見つめる。
下の方で肌と肌のぶつかり合う音がする。
「・・・い・・・い・・・ッ」
「良いか?」
「良い・・・!」
荒く呼吸をしながら短い会話をし、果てる間に間に愛し合う者同士の名前を何度も呼んだ。





「良いヴァレンティオンだな」
裸のままベッドを出て、ルガジーンは窓の外を眺めた。
この街の灯りの下、自分達と同じように恋に震える恋人同士がいるのだろう。
ガダラルの体は相変わらず疲れきっていたが、
「・・・雪だ」
その声に体を起こしていた。
シーツを体に纏わせ、男の隣に立つと、そっとその体を後ろから抱き、包み込む。
「・・・道理で、静かな筈だな」
誰にとも言ったかは解らないように小さく呟く。
雪は空から舞い落ちる時、周りの音を吸収して降る。
だから雪の日は静かなのだと聞いた事があった。
手に男の逞しい胸が触れ、撫でる。
頭をその背に押し付け、何度か溜息を吐いた。
固い筋肉の躍動は、間違いなく俺のものだという安堵。





「来年は私から贈り物をしよう」
「期待してる」
「決して、離さぬからな」
ふふ、と短く笑った。