刀・剣





皇都アルザビ。
魔笛を有するその街は常に蛮族に脅かされ、度々、戦火に呑まれる。
ビシージと呼ばれる市街戦は、この街の日常でもあった。




そしてまた、今日も。


「警戒警報!警戒警報!死者の軍団、バルラーン絶対防衛ラインを突破!!
なおも、皇都に向けて進撃中!全都市、第一級戒厳令発令!繰り返す。
全都市、第一級戒厳令発令!人民街区の非戦闘員は、至急退避せよ!
繰り返す。人民街区の非戦闘員は、至急退避せよ!」



警戒のアナウンスが聞こえる。
ルガジーンはそっと目を閉じ、覚悟を決めた。
「ゆくか」
後ろに控えていた副官は「ハッ」と、短い返事をし、ルガジーンの後を追っていった。



アルゴルの刀身が、気味の悪い色の骨を粉々に砕く。
雇われた傭兵たちは、果敢に死者たちへ向かっていく。
彼らを頼もしいと思い、自身も剣を振るった。
両手剣の刃は両手刀のように鋭く研がれてはいない。
それはその重量で相手を叩き斬る剣だからだ。
よって、脆い装備ならばそれごと、肉や骨をも絶つ。



砕けた骨クズを踏みしめ、ふ、と気を抜く暇も無い。
どれほどに天蛇将の首は蛮族どもには魅力的なのか、次々に新たな敵がその広場へと集う。
気配を感じ体を捻らせると、牙をむいたラミアが身を乗り出していた。
ここに辿り着くまでの経緯が見て取れる酷い状態だった。
両腕は千切れ、腹には獣が噛み付いたような牙跡があり、
胸を覆う金属の装飾の帷子はその役を果たしてはおらず、
小ぶりな乳房があらわになっていた。
固いはずの半身の鱗も剥がれ、肉と骨が見えている。
それでも、戦意を喪失せず、まっすぐに天蛇将の首を
噛み千切ろうと死に物狂いでここまで辿り着いたのだろう。



その牙がルガジーンに届く刹那、アルゴルを横に払い、切っ先でその胸を霞める。
青い血がブツっと皮膚を裂けて弾け、怯んだ隙に軸足を踏み込む。
アルゴルの切っ先はほんの少し湾曲していた。
人間ならば、そこに心の臓がある。
脂肪で速度を止められた刃をその部分に狙い、突き刺し、手首を捻って、えぐる。
声とも騒音とも聞こえるような断末魔を響かせ、恨みの形相でラミアは絶命した。
倒れたその体から剣を引き抜くと、これでもか、と青い血は噴出し、ルガジーンを汚す。



崩れ落ちたラミアには目もくれず、大通りへ進行してきた蛮族どもに目をやる。
あちらの方では傭兵の魔道士がクトゥブルに魔法を叩き込み、ゴースト族にも拳を唸らせていた。
ルガジーンの元には、次々と各持ち場の皇国兵から「No」撃破報告が届いていたし、
傭兵の数は圧倒的に多く、この日の市街戦は勝てるのだと確信を持っていた。
「ルガジーン様!」
聞きなれた声が何度もルガジーンを呼んだ。
「シャヤダル殿、如何なされましたか?」
取り次いだのは副官でもあるビヤーダであった。
「た、大変でございます」
ハァハァと息を切らし、シャヤダルはルガジーンを見た。
まさか、と
「炎蛇将になにかあったか?」
「・・・魅了を受けましてございます・・・!」
「なに・・・!」
ラミア族やその眷属でもあるメロー族は、半身は女性の姿をしており、容易く人間の心を惑わす。
彼女等の姿を美しいと思うものもいれば、嫌悪感を示すものもいる。
個々の感情抜きで、恐らく彼女達は心というものを直接支配することができるのだろう。
ガダラルもまた、猛将と恐れられたとはいえ、人。
視線の先に、彼女等がいれば、その心の隙はつかれる。
「競売は堕ちましてございます・・・!」
シャヤダルの痛切な声に、ルガジーンはチ、と軽く舌打ちをする。
「敵は殆ど殲滅している状態だ。このまま何事も無く奴等が撤退すれば良いが・・・
操られているとはいえ炎蛇将が敵に荷担するような状況では・・・魔笛が危ういな」
「シャヤダル殿、ガダラル様はいずこにおられます?」
「封魔堂へ向かい北上中、もう暫しでこの広間に」
ルガジーンの予想は的中し、間もなく、
しゅうしゅうという奇怪な音と腐敗臭がその広場を覆い尽くした。



誰か、傭兵が叫んだ。
「メドゥーサだ」
・・・と。
しゅうしゅうという音は彼女の髪である生きた蛇が発する呼吸音であり、
その酷い匂いは死体を操り、弄びその腐敗臭が彼女の体に染み付いたのだろうか。
いや、本当は彼女自体、死体なのか。
汚れた色の煙を撒き散らしながらゾルリ、と蛇でもある下半身を這わせ、ルガジーンを見つける。


「会イタカッタワ・・・天蛇将・・・」
愛しい者を呼ぶには冷ややかな震える声で、ルガジーンを見下ろした。
「この、蛇めが・・・!」
唇を噛む。
その視線すら毒をもつメドゥーサ。心の弱いものはそれだけで石になるという。
こうして対峙できるのはルガジーンくらいのものではないのか。
「ツレナイ男・・・デモイイワ・・・モウオ人形ハ決メタカラ・・・」
ちらり、と視線を投げるその場所に、赤い影があった。
うつろな目で、メドゥーサだけを見つめている。
「ガダラル様ァ!」
シャヤダルの悲痛なその声。
ルガジーンはガダラルのその姿に声も出す事ができなかった。
ここに来るまでに、「敵」として傭兵に攻撃を受けたのだろうか、
それとも元々死者等に怪我を負わされ、回復されない状態のまま魅了されたのだろうか・・・。
ターバンは落ち、いつもは綺麗に撫でられているその濃い茶色の髪はざんばらに乱れ、
アミールのと大鎌は赤とも青とも見える血に染められてそれが滴り落ちていた。
アミールディルは縦に裂かれ、そこから赤く染まった太ももが見えていた。
足を切られている。それを引きずるように、ズルリと前へ出る。
メドゥーサがニタリ、と笑った。
ガダラルもまた、ニタリ、と。



傭兵等も、そのガダラルの姿を見て立ち尽くした。
あまりに異様な状況に、魅了されているのだと誰もが気付く。
果敢にも魅了を解こうと赤魔道士がディスペルを唱え、吟遊詩人はフィナーレを歌った。
黒魔道士は彼を眠らせようと、スリプルを唱えた、が。
敵意を向けられ、ガダラルは無意識に範囲魔法を詠唱する。
その動きは、長年の戦いで身についたもの。そして、恐ろしい速さで的確にスペルを完成させた。
広場に大きな炎の柱がいくつも立ち上がり、無造作にも傭兵達を焼いた。
「止めろ、炎蛇将」
ルガジーンの声すら届かず、次に氷の魔法を唱える。
「ホホホホ・・・・・・」
メドゥーサが、笑った。蛇どももしゅうしゅうと笑い声を上げた。
誰かがスタンを放ちガダラルの詠唱を止めたが、
その者は彼が容易く扱う大鎌により片手を失った。
ボトリ、と音を立てて落ちた腕は、指がピクピクと天を仰ぐように動いた。
その者の仲間か、タルタルの白魔道士が涙を浮かべてその腕に縋りついた。
あまりに早かった。
止める事ができなかった。
スタンを放った者の絶叫が広場に木霊する。
誰かが言った。
「酷い」
・・・と。
ビヤーダとシャヤダルはルガジーンを見つめ、指示を仰ぐ。



「私が、出よう。二人はここに集うよう他将軍に伝令を。
 皇国兵、ならびに不滅隊は傭兵達の介護を!」



一歩前へ出るルガジーンに気付いたのか
、ガダラルは虚ろな目のまま、ぐるりと顔だけをこちらに向けた。
次の獲物か、そう言わんばかりに口元が歪んだ。
まるで廃人の顔だ。常の彼とはあまりにもかけ離れていて、心が痛んだ。
なのになぜ、その彼を愛しいとさえ感じるのだろうか。
一つ、大きな溜息をゆっくりと吐くと、ルガジーンは自分に防御魔法を唱える。
「来なさい」
しかしその声は、あまりに穏やかだった。







足元を重く汚れた空気が淀み、ゆっくりと動く雨雲のように流れた。
まるで動きを封じるが為のメドゥーサの毒の腐敗臭。
息苦しい、けれどルガジーンはやや、身を屈めてアルゴルをその背より引き抜いた。
ズラリ、と刀身が輝く。
両手剣とは思えないほどの刃の輝きが、一瞬悪しきものの目を眩ませた。
ガダラルもまた、その大鎌を構えなおす。
魔道士のくせに、と揶揄する者もいるが、彼は時おりこれを片手で扱う。
自身のリーチの短さを大鎌で補うといことか。



将軍同士の一騎打ちに、誰も手出しするものはいなかった。
メドゥーサさえ自分の人形となったガダラルの後ろで見守る。
これから始まる二人の戦いをしかりと見ておこうと思っているのか。
それとも、蛮族にも騎士道などというものがあるというのか。



ルガジーンのフラッシュと、ガダラルのスタンが同時に発動する。
それが開幕の合図だった。
ルガジーンは電撃の硬直で、確かに動きを封じられたが、
目くらましを受けたガダラルの大鎌は彼には届かなかった。
闇雲に振り回し、二人を見守っていた傭兵達が、危ない、とばかりに後ろに後ずさる。
二人の周りには一定の距離ができ、円陣のようにそれを見守る。
誰かが呟いた。
「ルガジーン様」
電撃の地縛りは解け、その瞬間に軽く踏み込む。
最初の一撃はけん制だ。ガダラルが次にどう動くか。
剣を腰あたりに構え、そのまま突っ込む。
ガダラルはそれを右に軽くステップを踏んで横にかわし、
先読みで大鎌を片手で飛ばして寄越した。
しかし、力を加減していたルガジーンもまた、地を踏み、動きを止める。
ルガジーンの目の前に大鎌の刃先が石畳に落ち、突き刺さった。
それは地面を石クズに替えながら、ガダラルに引き寄せられる。



ふむ、と自分だけに聞こえるように呟く。
あの大鎌は距離を保つために動かしている。
ならば、充分な距離を保っている今、次に来るのは精霊魔法か。
案の定ルガジーンの足元が割れた。
いきなりクエイクとはな。
しかし、体力をそれだけで削りきれるわけもなく、ルガジーンは自己回復を施し、
天の名を戴く者の甲冑が特別な力で守られていることに感謝する。


しかし、彼を止めるにはこの大剣の刃で斬るしかないのだろうか。
ルガジーンは躊躇する。
他に。
何か手は無いのか。彼を傷つけずに止める方法は。


だらり、と手を下げたガダラルが、大鎌を引きずってこちらにゆっくりと近づく。
ガリガリと石畳が悲鳴を上げた。
怪我をしている足も何も無い場所で躓くようによろめき、誰もが息を呑んだ。
その足跡が赤く染まっている。
血が止まらないのだろうか。

ルガジーンの心が冷えた。
まさか、すでに死体となって生の無い体を操られているのではないのか。
疑惑はとどまる事を知らず、容易にガダラルはルガジーンの目の前まで迫っていた。

思わず後退する。

例え彼が「敵」になろうと、愛している。
斬る事は出来ない。
斬られた方が、ましだ。

ニタリと、笑みを浮かべてガダラルが大鎌を振った。
鼻先を掠め、また一撃がルガジーンを襲う。


火花を散らし、アルゴルはそれを弾いた。



一閃、二閃。
広間は二人の将軍の大剣と大鎌のぶつかる音が響く。
しかし、武器の扱いにはルガジーンのほうが長けている。
大鎌の刃先はルガジーンには届かなかった。
元々大ぶりな武器である。
リーチの長さによって初弾の攻撃は流石に威力はあるものの、
獲物を狩ることなく自身に引き寄せられる時、それの殺傷能力は著しく低下する。

ルガジーンは時期を待った。
押される振りをしながら、ガダラルがずっと鎌で攻撃を仕掛け続ければ好機はある。
人は誰しも弱いものをいたぶる気持ちが心にあるものだ。
こうしてルガジーンが耐えていれば、同じ攻撃をし続けるはず。
その間に精霊魔法が来ようが耐えてみせる。

そして、今。



ガダラルがこれでもか、という高さから大鎌を上から振り下ろしたのである。
腕と柄の長さが手伝って、ゆうにルガジーンの身長の
倍くらいの高さから大鎌の刃先が振り下ろされる。
あの高さと、スピードでは天蛇将の冑すら砕き、脳に達するだろう。
無論、安々と死ねる身ではない。
ルガジーンはその場にしゃがみーーーそれはまるでなす術も無い様にも見えた。
傭兵等は悲鳴を上げた。
誰しも、その刃がルガジーンの冑を砕くと思ったのだ。
その僅かな時間に、ルガジーンはアルゴルを持ち直し、
刀身を上に向け、しゃがみ込んだ反動を足のばねにし、天に突き刺した。


これまでに無いほどの刃音を上げ、ガダラルの大鎌はアルゴルの刃の空洞に捕らえられた。
手を引き、大鎌を引き寄せるにも刃と柄の角により、さらに抜けにくい。
理性を失っているガダラルは力を込め、
無理に動かそうとするが、力では到底ルガジーンに敵うはずも無い。

ルガジーンは体ごとアルゴルを捻り、大鎌の脆刃を割った。
元々盾を持たないルガジーンは、アルゴルの空洞を
ソードブレイカーとして使う機会を窺っていたのだった。
乾いた音を立て、刃が落ちた。

こんなものに固執する意味はないと言わんばかりに、
ガダラルは大鎌だったものの柄を投げ捨てる。
その後ろでメドゥーサが「ホウ」・・・と溜息をついた。
「ウツクシイコト・・・」

ルガジーンの背後に3人の影が立った。
シャヤダルとビヤーダに呼ばれた三人の蛇将が到着したのである。
ミリもナジュリスも、間の前のガダラルの様子を確認し、眉を潜めた。
「ミリ、彼の様子はどうだ?」
「太ももからの血が多すぎるよ、早く処置しなきゃッ!」
「・・・わかった。」

ガダラルが身を屈め、ケタケタと肩を震わせて笑った。



まるで、初めて会った時のようだ。
笑いながら魔法で敵をいたぶるのが楽しくて仕方ない、とばかりのあの頃の彼のようだ。

かわいそうに。心を失っているのだな。
今、楽にしてやろう。


「離れていてくれ」
アルゴルを構えなおす。
「しっかりやってくれや」
「頑張って下さい・・・!」
「・・・ガダラルぅ・・・!」

ルガジーンは強く、頷く。

ガダラルが胸に両手を持っていき、印を組む。
魔法が来る。
その詠唱は短いが、その間は無防備。



ルガジーンはガダラルめがけて走り込む。
しかし、やはりその詠唱は正確にして早い。
アルゴルが届くその前にルガジーンに炎の魔法は着弾した。
その長身が炎に呑まれる。



傭兵達からも悲鳴が上がった。

ガダラルもメドゥーサもその魔法の威力が確かなものだと確信した、その時。
その炎の魔法の威力をもってしても、ルガジーンの速度は止める事が出来なかった。
炎を体に纏いながらもガダラルの名を呼ぶ。
アルゴルの刃に左手を添え、怯み、成す術も無いガダラルの胴にアルゴルの一撃を叩きつける。
ルガジーンの体重の乗った、まるで鉄板のようなその刃の打撃に息が詰まる。


突進の威力で軽い体は押され、柱に激突してようやく止まった。
ルガジーンが動かなくなったガダラルから退くと、アミールコラジンは見事にひしゃげていた。
ガダラルの息を確認する。

ある。
かすかだが・・・気を失ったようだ。

歓声が上がった。





「ビヤーダ、シャヤダル!」
「は、はいッ!」
「炎蛇将の身を確保!決して蛮族に奪われてはならん!」
「はいッ!!!」
ルガジーンは二人がガダラルにたどり着くのを目の端で確認し、
薄ら笑いを浮かべるメドゥーサにアルゴルを指した。

「貴様は、許さん」



ザザーグとナジュリスとミリが武器を構える。
怪我をした傭兵たちの介護を終えた皇国兵は勿論、傭兵達も天蛇将の士気に呑まれる。
メドゥーサを取り囲む人間達が異形の女を見た。
それでも蛇はしゅうしゅうと笑い、メドゥーサも体をくねらせて笑った。


「ここにいる戦闘員は臆する事は許さぬ!武器を持て!この皇都を汚した事を後悔させてやれ!」


ルガジーンの号令が迸った。



















ズクリ、とした痛みで目が覚める。
深い闇の淵からようやく這い出したような感覚に体の細胞全てが悲鳴を上げたかのようだった。
何だろう、この感覚は。
何故、ここにいるのだろうか。


ガダラルの体はすでに医務室に運ばれ、眼を覚ましたのは白いベッドの中であった。



あたたかい。
暖かい手が、そばにあった。



「ル・・・ガジン・・・」
声が掠れている。
なぜ・・・・?
それほどに魔法を唱えたのか・・・?

おかしい、記憶が・・・曖昧だ・・・。


「・・・・・・ルガ・・・ジー・・・」
声が、上手く出ない。
何故・・・。




ガダラルの体に触れていた大きな手がピクリと動いた。
「・・・ガダラル?起きたのか」
コクリ、と首をゆっくりと動かして応じる。
「無理はするな、酷い怪我だった」
そうか、と納得する。
市街戦で怪我をしたのか。
痛みを辿ると、一番酷いのは太もものようだった。

何故だろう、いつ怪我をしたのだろう。
解らない。覚えていない。



「大分寝ていた。何か欲しいものはあるか?」
優しい声、いつもの彼。
なのに、今までは他人のように思えていた。
憎いとすら。
どうして・・・?

「ガダラル?」
慈しむその声は少し震えていた。
「・・・」
声が上手く出ない。



「水か、そうだな、水を」
枕もとに用意してあったコップに水を汲み、ガダラルの体を起こしてやる。
「・・・ツ・・・」
体が悲鳴を上げた。
「・・・いたむ、か?」
首を横に振ると
「強がらなくて良いぞ」
にっこりと微笑む。


コクリ、とガダラルの喉仏が動き、水を嚥下したことを確認する。
一息つき、ルガジーンを見つめる。
「怪我は殆どミリが治してくれた。精神力を使い果たして倒れてしまった。・・・後で礼を言おうな」
「ん・・・」



いつもと変わらない日常。
市街戦で怪我をして、ミリが治してくれる、そんな日常。
なのになぜ、こんなにもうすら寒い?



「食事はできるか?」
首を振る。本当に腹は減ってはいなかった。
「欲しいものはあるか?」
なぜ、この男はこんなに必死になっているのだろう?
ああ、そうだ。
俺を愛しているのだったな。

少し安心する。


ルガジーンに体を預け、その頭をゆっくりと撫でてもらう。
胸が熱くなった。
突然、フラッシュバックのように思い出した。
蛮族の襲来、取り囲まれ、魅了を受け・・・。
傭兵の腕を・・・。


「・・・俺は・・・とんでもない事を・・・ッ」



見上げると、ルガジーンは寂しそうにガダラルを見下ろしていた。
しっかりとガダラルを抱きしめる腕は、痛いほどに暖かかった。