あまえんぼう。





ガダラルはこの部屋に来る度、いつも酷い孤独を感じる。

立派なソファに寛ぎ、時間潰しにと読む分厚い本は、
ただ眺めているだけで頭に入ってこない。

湯を沸かし、チャイを二人分淹れ、脱ぎ捨ててある衣服を纏めたり、
まるで家政婦だ市原悦子だ、畜生。とブツクサ言いながらも

この部屋で時間を潰す事に専念していた。

この部屋の南の場所に位置する大きな窓の前には
天蛇将ルガジーンの執務用デスクが幅を利かせ、それでも充分すぎるほどに

広々とした空間は、この部屋の主である彼が居ようと何故かうすら寒く感じた。

 

そう、ルガジーンはガダラルの存在があろうとも、言葉を発してはいなかった。

部屋に入ればすぐに「適当に時間を潰してくれ」と。

後は無言で執務にどっぷりとはまっている。

 

黒ぶちの細いフレームの眼鏡を掛け、
ルガジーンはガダラルを見ずにペンを走らせていた。

本当は、普段見慣れないその姿に心が躍っていた。

戦場での猛々しさは微塵もなく、執務中の彼はいたって穏やかである。

時おり唸っては眉間に皺を寄せる事もあるが、
それは考えるポーズであり、そんな表情もまた、男前で好きな表情だった。

メガネの姿など見たことがなかったから、痛いほどに胸がどきり、と鳴った。

男の姿に物凄く、ときめいたのは事実だ。

本を読む振りをしてルガジーンを盗み見て、チャイを啜る。

彼は彼なりにさっさと仕事を済ませればガダラルの為にもなるのだろうと、
そう考えているのがいけない。所詮は野暮天、である。

放置されたままのガダラルはやはり、退屈で。

 

ルガジーンの邪魔をしようと企んだ。

 

乱暴に本を置き、ルガジーンの背後にまわると、メガネを持ち上げて奪う。

「コラ」

ルガジーンは恋人の悪戯に口元を緩ませた。

椅子をくるりと回し、ガダラルと向かい合う。

「返しなさい」

「ヤ・ダ」

べぇ、と舌を出す。

なんとも可愛らしい姿だな、とルガジーンは思いもしたが、
仕事に差し支えているのもまた、事実である。

当のガダラルは奪ったメガネで窓の外を覗き込んでみたり、
実際に掛けてみたが、度数もサイズも合わないため、
すぐに外して窓際の桟に置いてその前に立ちふさがった。

まるでガキ大将である。ルガジーンの声はやや強くなった。

「ガダラル」

「返して欲しい?」

ニヤニヤと笑う。

「もう少しで終わるから返しなさい」

「ハァ?それが人に物を頼む態度かよ?」

ガラが悪い。

さすが東部本戦でツンバカヤンキーと噂された事はある。

大体勝手にメガネを奪って仕事の邪魔をしているのは
君だろう?・・・とは面倒くさいので言わなかった。

ここは大人しくしたほうが時間の節約にもなるだろう。

ルガジーンは不条理だな、と思いながらも

「仕事をしたいのでメガネを返してください」

と、軽く頭を下げると、ガダラルはさらに悪魔の微笑を浮かべ

「それだけかよ」

額と額をゴツン、と当てた。

「他にもあるだろ?ああ?」

放置していてご立腹なのか(ここでようやく気付くルガジーン)
当てた額をグリグリと押し付けて来ている。

正直痛い。はげる。

 

 

スマンと何度か謝ったが、結局彼は許してはくれず、

「一つ言うことを聞け」

命令形である。

こうなったら下手に逆らわない方がいいのは経験上解っていたので
コクリと頷いて無言で返事をすると、彼の頬が見る見る赤くなり

「・・・・・・キス・・・・・・しろ・・・・・・」

呟く。

「そしたら返してやる」

ルガジーンは吹き出したいのを堪えると、彼の頬に手を置き

「がだらるかわいいよ、がだらるw」

優しく彼の唇を食んだ。