深翠のなかの闇






心地のよい疲労の残る体を男に預け、いつものように夜伽を楽しむ。
仲間のこと、皇国の未来のこと、蛮族のこと、傭兵のこと、魔笛のこと。
会話は毎度違うとはいえ、尽きることは無かった。
それほどまでに互いに共通する事が多いのだ。

 

「人は過去の話をする時より、未来の話をするほうが高揚感を得るそうだ」
ガダラルの細く柔らかな髪を撫でながら、ルガジーンは言った。
その頭を男の逞しい腕に任せ、体を押し付けたまま、ガダラルは彼を見上げた。
「確かに、過去は嫌な記憶が甦るな・・・。未来は未知だから想像しか出来ぬが」
「うむ、そういうことだ。人はつい明るい、希望に満ちた未来を想像するらしい」
「俺は出来ないな。未来も明るくなど思えぬ」
「・・・何故だ?」
ほんの少しガダラルは何かを考えると、言い訳のように呟いた。
「軍人だから・・・だろう・・」
それが真実とは思わなかったが、ルガジーンはとりあえず納得する形にした。
愛しい恋人は、すでに寝息をたてていたから。

 

 

 

ガダラルが寝入ったのを見届けてその額に口付けると、ルガジーンはベッドを出た。
部屋に戻ろう。デスクワークが残っていたのだ。
今日、彼を抱けてよかったと思う。
次に時間が合うのはいつの日だろうか・・・。
それでも、いつも傍にいる。それだけは嬉しい。
長く暗い廊下を抜け、自室の重い扉を開けると、冷たい風が舞い込んできた。
「・・・窓を開たままであったか・・・」
真っ先に窓を閉め空の頂上の月を見ると、ほっとため息を漏らす。
月の回りに霞が見える。明日は晴れるだろう。
ランプに火を灯し、香立てのインセンスコーンに火を灯して香りを胸一杯に嗅ぐ。
黒檀のデスクにつくと、ペンと羊皮紙を取り出す。
目の前には書類の束が重ねられいる。留守中に部下が置いて行ったに違いなかった。
徹夜になりそうだ、と呟くと、インク瓶の蓋を開けて覚悟を決めた。

 

 

夜中に隣が空いた事に気付き、ガダラルは目を覚ました。
暗闇、隣のぬくもりはまだ少し残っている。
寂しい気持ちが心を締め付けた。
ルガジーンが忙しいのは解っている。
ガダラルの部屋で仕事をすれば良いのにとも思うが彼は決してそれをしなかった。
仕事に夢中になってガダラルを疎かにすることが嫌だと言う。
だから、ガダラルの部屋に決して仕事は持ち込まなかった。
こんな風に思う自分は女々しくて嫌だと思うが、けれど。
セックスの後くらい、部屋にいて欲しいのだ。彼の、仕事をする姿も好きだから。
「解っている、俺と貴様は共に未来を歩めぬ」
自分に言い聞かせるように。
いつかルガジーンを諦めなければならない日が来るだろう。
それは多分、彼がエルヴァーンで自分がヒュームだから。

 

 

朝の会議に遅れそうになり、早足で歩いていると、目の前のザザーグに追いついた。
「おう、遅刻か」
「貴様を抜かせば間に合う」
「抜かされるかよッ」
「どけ!でかい図体をして廊下の真中を歩くなッ」
会議室の重厚な扉は同時に開けられ、すでに集まっていた軍部の重鎮が一斉に二人を見た。
「やあ、おはよう。残念。間に合ったな」
ルガジーンがにこやかに冗談を言った。
ザザーグは隣で頭を掻きながら「悪ィ悪ィ」と笑って誤魔化したが、
ガダラルは無言で詫びのつもりの会釈をした程度だ。
ガダラルは、二人きりでないときはルガジーンを決して見ない。
二人の恋は視線で始まったから、見るのは極力避けている。
勘の良い誰かに感づかれるとも限らないからだった。

 

円卓の席に着く。
宰相はじめ不滅隊の者達もいるが、彼らは皇国では特殊な位置にいる。
五蛇将として彼らに関わることは市街戦意外では殆ど無い。
ただ、ルガジーンと宰相は仲が良かった。会話の端々に互いの立場を尊重し、気遣いを見せている。
それは立場は違えど志は同じもの同士の連帯的な物だろうと思う。
二人を中心に、ルガジーンの位置から半分が五蛇将、
ルガジーンの隣の宰相から座席半分が不滅隊、という並びである。
窓を背にし、語る男は逆光のせいか遠い存在にも思えた。決して距離だけのものではないと思う。
居眠りをするザザーグが心底羨ましいと思うのは、その神経の太さだけではなかった。

 

朝から下らない体力を使った。
会議の内容を各隊隊長に伝える。
彼らの小隊での朝礼に間に合うようにしなければならないため、
会議のある日はうんざりするほど早く起きなければならない。
ガダラルは正直早起きは苦手だった。
ザザーグのように毎晩遅くまで酒を飲んでいるのは論外だが・・・と、
そうだ、昨夜は男が部屋に来て散々体を貪られたのだった、と思い直す。
何も会議のある前日の夜に来なくても良いものを、とも思うのだが。
しかもこの日からガダラルの隊は演習の日であった。
時間も食欲もあまり無かった。
それでも朝食代わりにチャイを1杯飲んで演習場へ赴かなければならない。
黒魔道士達の演習はその精霊魔法の射程の長さから特別な訓練場が用意されている。
つまり、街に被害が及ばないように・・・町外れに位置する。
そこはバフラウ段丘だと言ってしまっても誰も疑問に思わない場所だ。
仕事とはいえそこまで向かうのは面倒であった。チョコボが自分を運んでくれるが、
その間ずっと「威厳」とやらを保っていなければならず、たかだか移動だというのに肩が凝る。
「ガダラル様、チョコボの準備が出来ました」
シャヤダルの声がする。鞍などを整えられた雌のチョコボが主人に「クエッ」と、挨拶をしてみせた。
軍人と騎馬の主従関係を強めるため、自分の性別と反するチョコボを戦場へ駆り出す者は多い。
騎馬は異性である主人に対し、恋心に似た感情を抱くようになり、主人を守ろうと自然と働くそうだ。
歴代のチョコボ厩舎の長が皆のチョコボを見立ててくれる。
ガダラルのチョコボはルガジーンやザザーグのそれに比べると
体はやや小さく大人しい性格だったが、主人思いの良いチョコボだ。
主人に会えて嬉しそうに頬の小さな羽毛を逆立てて顔を大きく膨らませてその喜びを体で表現している。
その頬を撫でてやると、嬉しそうに目を細めた。
と、その時
「待て、炎の」
一瞬、心臓が止まるかと思った。
背後からルガジーンが近づいてきたのだ。
「ルガジーン様」
シャヤダルが深々と頭を下げるのを片手で挨拶し、ガダラルに何やら包みを渡した。
「・・・なんだこれは」
「食堂長からだ。貴殿、朝食を摂らなかったそうだな」
訝しげに中を覗くと、サーモンサンドが入っていた。
「何故貴様がわざわざ」
ルガジーンは口をガダラルの耳に持ってきて
「私が会いたかったからだ」
本当に小さな声で伝える。
「・・・!」
不審気に二人を見るシャヤダルであったが、時間を気にしているため
ルガジーンは気を遣って手を振って去っていった。
「ではな、炎の。気を付けて行けよ」
シャヤダルは再び深々と頭を下げると、大した方だ、と感心していた。

「ガダラル様は食が細すぎるのです」
「・・・ぬ」
その場でサンドに齧り付く。チョコボに乗りながらでは「威厳」に関わるからだ。
「ルガジーン様は素晴らしいお方ですな、食事の心配までされて」
「貴様五月蝿い」
サンドの最後の欠片を口に放り込んで、包みを丸めると
厩舎の者が捨てておいてくれるというのでそれを渡し、再びチョコボの頬を撫でる。
「・・・行くか」
「はい。皆外で待っていますゆえ」
うむ、と頷くとターバンを被りなおした。

 

街中をチョコボで隊をなして歩くのは、慣れたとはいえあまり良い気分ではなかった。
街の連中が歓声を送りつつ、ガダラルは勿論兵士達をも憧憬の面持ちで見ている。
顔はにこやかに、子供などは隊の一番後ろに着いてまわる。
邪魔だ、と思う。
憧れなんかいらない。これから人殺しの練習に行くというのに、何が良いものか。
しかも、こういった野外での演習は常に暗殺の危険性がある。
行軍中はガダラルの周りには、ルガジーンやザザーグの隊に借りた前衛達の姿もある。
もしもの時の肉壁となり、将軍を守らねばならない。
彼らは彼らで黒魔道士との戦法を学ぶため志願するものも少なくは無かったが
それでも余計な人事かと思うのだ。
五蛇将の話ではあるが黒魔道士や狩人、白魔道士などの仕事は後方支援である。
彼ら後方支援部隊は前衛達が戦いやすいようにただ彼らの背を守る。
戦場は武士道・騎士道などは通用しない。多対一という場面も数多くある。
味方に不意に切り込む敵を射り、動きを止め、叩き潰すのが狩人や黒魔道士の仕事だ。
そんな戦い方が、彼らの何の参考になるというのだろう。

 

後ろの方で歩いていた軍用チョコボが騎乗の主に操られて早足でガダラルの隣まで来ると
「お話を失礼します。ガダラル様」
全身を覆う甲冑と大きな盾が印象深いエルヴァーンの騎士が
小声でガダラルに話し掛けた。ルガジーンの部隊のものだろう。
「以前東部戦線であなたに助けられた者です。演習の期間中、従者としてお使いください」
正直、覚えてはいなかった。戦場では顔見知りが出来ても次の日また会えるとは限らないからだ。
「すまんな、覚えていない」
「ええ、それは」
騎士の声に笑みが含まれた。
「ただ、あの時、あなた様がスタンで援護してくれなかったら、
 恐らく私はこうして話をさせていただくことも叶わなかったでしょうから」
スタン・・・雷属性の最短詠唱魔法、名の通り標的を一時的に行動不能にする魔法である。
そんなことはあまりにも多すぎて覚えていない。
ただ、こうして感謝されている、それは事実であった。

 

今回の演習は一週間である。
昨夜ルガジーンが無理しても抱きに来た理由はそこにあった。
今ごろ大あくびをしているかもしれぬな、下級兵らがテントを張る姿を見ながら、なんとなく思う。
ガダラルは護身用の短剣を脇にさし、傾斜になっているその地形を改めるためチョコボに跨った。
シャヤダルは飯炊き場の確保のためいない。一人になるなら今のうちだ、と。
「ガダラル様」
見つかった。
舌打ちしながら後ろを振り返ると、しかしそこにいたのは先ほど騎乗で話し掛けてきた騎士であった。
「お一人では危険です」
「何が危険か。こんな所に誰がいる?」
「その油断が命取りなのです」
「俺に指図するな」
「いいえ、あなた様のことは天蛇将から任せられております故」
ルガジーンの名が出て、一瞬ひやりとする。
まさかこの騎士に関係を打ち明けては無いだろうか、と。
「なぜ、天蛇将が?」
「?・・・なぜ、とは?」
「仮にも俺は将軍だぞ、何をそんなに心配してるのだ」
「・・・将軍、だからでしょう。五蛇将、一人も欠けてはならぬと、ルガジーン様はお考えです」
そうだった、何を自惚れているのだ。
あの男はいつもそうだ。部下思いの男だ。
仮に今の立場にいるのがザザーグやナジュリスやミリだって、彼ならば護衛をつけたろう。

ルガジーンと関係を持って、余計な所まで気を回しすぎる自分に疲れ始めていた。
ガダラルは騎士のまっすぐな瞳に観念するようにため息を一つ吐くと、顎で着いて来るように指示した。
騎士は頭を垂れるとすぐさまチョコボに跨り、後を追った。

バフラウ段丘に程近いその演習場は、その自然の地形と広さゆえに他の隊との合同演習にも使用される。
周りは深い緑に囲まれ、そこに生える木をまるで巨人がくりぬいたように伐採して作られている。
東部戦線を見てきたガダラルが、自らその地形は手を加えないよう、
なるべく自然に近く似せらせるよう、と指揮をとって作らせた演習場である。
戦場の土地は均されてはいない。足場が悪く、そこに躓き、転んだら命取りだ。
なるべく地形は手を加えないほうがいい。
それでも演習という甘さは捨てきれずに、水量はささやかではあるが小川の流れる場所を選んだ。
普段は皇国軍軍用広場で剣の練習をするであろうその若い騎士は、
ガダラルの隣までチョコボの歩みを進めると、感嘆の声を漏らした。
「美しい所ですね」
「自然が美しいのはごく、当たり前のことだ」
「もの凄く広い・・・。精霊魔法の射程の広さを物語っていますね」
「まあ、ここは風の部隊も使うがな」
ガダラルと騎士がチョコボから降りると、二羽は遠慮なくその小川に嘴を浸した。微笑ましい光景である。
「演習中・・・」
ふいに語りだしたガダラルを騎士は見つめた。
周りに木の無いその場所で、濃い茶色の髪がふわりと揺れた。
美しい横顔だと、騎士は思う。
「もし、本気で暗殺を考える輩がいるなら、ここの小川に毒でも流せば良い」
「その顔で、恐ろしいことを仰いますね」
「・・・・顔の話はするな。気持ちの悪いやつめ」
どうやら炎蛇将はご自分のお顔が嫌いらしい、と一つ知識を得て騎士は謝る。
ガダラルもいつも言われ慣れている言葉だから、本気で怒ったつもりは無い。
「貴様は何故、この演習に志願した?」
「特にルガジーン様に命じられたという訳ではないのです。
 わたしはそこまで腕の良い兵ではありませんから」
ふうん、と喉をならしつつ、ガダラルは言葉を促すようにその騎士の目をじっと見詰めた。
「ただ、わたしの興味、です」
「興味?」
「あなた様への」
つむじ風が、二人を囲むように吹き抜けていった。
「・・・気持ちが悪い」
ガダラルはチョコボに跨ると、その場を駆け出した。
本気で気持ちが悪いと思う。男などに体を開かれるのはもう、真っ平ごめんだ。
ルガジーンが。
彼だけいれば、いい。

 

「やれやれ。何か思い違いをなされたようだ・・・。さ、隊に戻ろうか」
その場に取り残された若い騎士が頭を掻きながら笑った。
自分のチョコボに目をやると、チョコボは首をかしげて一声いなないた。

 

 

 

 

夜、飯炊きを終え、思い思いに食事を摂る。
こういった演習では必ず白魔道士の姿がある。
ミリの部隊というわけではなく、皇国軍に所属する隊長格ならば自由に動かせる兵である。
白魔道士がいるのといないのでは軍の生存が大きく左右される。
急遽白魔道士を派遣せねばならない場合、逐一ミリに了解を得るのでは時間が掛かりすぎるし、
ミリが即座に許可を出せない場合も有るかもしれないため、
各隊隊長が申し出るだけで動かせる自由兵であった。
また、何故か白魔道士には女性兵が多く、
こういった機会に知り合おうという不届きな輩もいることは事実である。
彼女らも声をかけられればまんざらではなく、会話を堪能した後暗がりに消えていく男女もまたいる。
ガダラルはシャヤダルに食事を持って来させ、
自分のテントで一人酒を傾けながらそれを食べるのが常であった。
無論その日の演習の成果を演習場の地図に書き込みながらの食事である。
忙しいのは職業柄どこにいても同じだ。
兵士達のテントから笑い声が聞こえると、ペンを止める。ここは戦場ではないのだと思い知らされる。
良いことだ。演習には敵がいない。
殺さなくて済む。
緊張感が全く無いのはまた事実であるが、彼らが戦い方を覚えれば実戦へ送り出せる。

 

紙の上で今日の演習での陣形の見直しをしながら、
明日は西から兵を動かそうか、などとシミュレートする。
目を閉じ、何もかもの手を止めて思考に走るため黙想しているのかとも思われるが、
こういう時は酷く集中しているため、慣れたシャヤダル等は
例え伝令があっても話し掛けず、終わるまで傍で待機する。
目を開けて、そこに髭面がいると驚くのだが、この日は違った。
若く優しい表情のエルヴァーンが目の前にいた。
「・・・なんだ、また貴様か」
甲冑を脱いだ彼は柔らかい色の髪を高い位置で一まとめにしており、
意外にも細身の服を着ていたため、その体の線は思ったより華奢に見えた。
「ガダラル様、お暇でしょうか?」
「いや、魔道の書物を読む」
「こちらでカードゲームなど如何でしょうか?」
「いらぬ。忙しい」
「残念です。シャヤダル殿も楽しんでおられるのに」
「・・・っ!」
あのバカ従者め、主人を放って何がカードゲームかとの悪態をぐっと堪え、
簡易テーブルに乱雑に本を置くと、騎士は見慣れない書物のためか興味深くガダラルを見つめた。
「なんだ?用が無いなら去ね」
「いえ、わたしもお傍に居させてください」
「・・・ハァ?」
「あ、いえ、変な意味では・・・。わたしも魔道の書に興味があるのです」
騎士はしどろもどろに答えたが、ガダラルは「勝手にしろ」とだけ言うと
その数々を手にとり気にせず読み出した。
ガダラルは夢中になると周りが見えなくなる性質である。
手元を照らすランプオイルが切れるまで書に没頭しようと試みるが、
どうもこの騎士はただ本当に「興味がある」程度だったようで、
難しい古代文字などはどうしてもガダラルに
訳してもらわずにいられず、結局は読書を邪魔しただけだった。
熱中して読むこともできず、結局はストレスが溜まったようなものだ。
「貴様、もう二度と来るなよ」
月が空の天辺を傾く頃、ガダラルはそう言い放って騎士をテントから追い出した。
「畜生、折角良い本が手に入ったというのに」

 

 

魔道士が戦場で最も苦手とするもの、それは長い詠唱である。
剣も槍も持てない上に詠唱を失敗したら、それではただの人と変わらない。
彼等は頭で考えるより早く一文字も間違えることなくスペルを紡がねばならない。
どれだけ威力のある精霊魔法を正確に唱えきるか、それが戦場での魔道士の「腕」である。
よって彼らは混戦の渦中には飛び込むことはまず避ける行為だった。
後方支援に徹し、持ち場を離れずに敵を潰すことが功績に繋がる。
演習中、ガダラルは魔道士の兵士達にそのことを重点的に叩き込んだ。
自分のように鎌を持って前線に飛び込むのだけは、危険だぞ、とも。
そう、ガダラルは生き急いでいる。
演習中も、ただ指揮をすれば兵士達は動くし、
各小隊長が補佐してくれるから高台から動きを修正すれば良い。
つい興奮して動きすぎる兵士には足止めのバインドを飛ばし、
危険な魔法・ないし効率の悪い魔法を詠唱しはじめる兵士にはスタンも飛ばす。
時に怪我をする者には白魔道士の兵が動くから特に危なげもなく日々が過ぎていった。

 

夜は相変わらず一人だ。
他の皆はこの一週間でそれなりに友情のようなものを確かめ合っているが、
ガダラルは常に一人を好んだ。
この日は従者たちの計らいで飯焚き場で湯を沸かし、
大きな湯たらいに張って簡易の風呂桶にも入ったが、
やはりゆっくりとつかれる訳ではなく、それが不満にもなった。
それでも本物の戦場よりは何倍もマシだ。
水溜りの上澄みで体を拭いて凌いだこともあるし、氷や雪を火で溶かして飲み水にしたことは常。
アルザビでは、市街戦が無い限り毎日風呂に入ることが出来た。
それに、こちらの都合お構いなしにふいに部屋に来る男がいたから、体を綺麗にしておきたかった。
おかしな話だ、と思う。

 

本も読まず、支給された酒の小さなボトルを片手にテントから出て空を仰ぐと、
夜空には恐ろしいほどの星が瞬き、彼を見下ろしていた。
傾斜と今までの訓練の名残りで魔法で開けられた穴があるため
少々歩き難かったが、一人の時間は貴重だ。
アルザビにいれば将軍としての威厳を保つため
気を張っていなければならないし、仕事中は常に従者がそばにいる。
本当に一人になれる時間など、寝る時くらいだからと溜まった書物を読もうと
思えばそんな時間でさえもルガジーンに邪魔される事もあった。
悲しいかな、持ち込んだ書物は演習の帰還前にあらかた読み終えてしまった。
ウィンダスに残る召喚魔法に関する書物、それが特に興味深く、
思わず空を見上げて幼少の頃師に教わった星にまつわる神話を思い浮かべていた。
ふと、もう少し先まで足を伸ばして夜の散歩と洒落込もうかと草を踏んだその時
「どこに行かれるのですか?」
うんざりだ。
「また貴様か」
若い騎士がこちらを見据えていた。
「少し行くとフォモルが出ます。危険です」
「亡霊などにおくれをとるか」
「アレはただの亡霊ではありません。ご存知でしょう」
「・・・ふん」
そんなことは解っている。あれは人の形をした「執念」だ。
もう一度生きた体を使って皇国軍で戦いたいと願う軍人の哀れな末路だ。
「あなた様にもしものことがあったらルガジーン様がお嘆きになります」
「・・・」
騎士の言い回しに何か含んでいるようなものがあると思いながら、ガダラルは笑った。
「そんなことは無いだろう。炎蛇将の座は開けば狙うものがごまんといる。
 つまり、俺が死んでも代わりにはこと欠かん」
「そういう意味では・・・ないです」
「・・・ほう?」
この男、どこまで知っているのだろう。ガダラルは試したい気持ちにもなった。危ういことだと思う。
「ガダラル様はたったお一人・・・なのです」
「天蛇将は、この俺が必要ということか?」
「ガダラル様・・・!」
「なんだ」
「あなた様はヒュームです」
「それがどうした」
「エルヴァーンのルガジーン様とは・・・」
以前からガダラルが拘っていたことを指摘しているのだろう。種族間の違い、つまり。
「・・・ヒュームはエルヴァーンに比べて寿命が短い、と言いたいのか」
騎士は黙っていた。
エルヴァーンとヒュームという種族間の恋は老いたエルヴァーンが残される、という話が殆どである。
中の国の地図を残すという偉業を達成した人物もエルヴァーンであり、
その者が倒れた後ヒュームとのハーフである娘が跡を継いだという話だ。
それでも種族間での恋愛は繰り返される。
恋とは理屈ではない。そういうものだ。

 

「・・・ルガジーン様を、わたしに下さい・・・」
ようやくこの騎士の本心が見えた、とガダラルは心の中で笑った。
「何故俺に言う?俺と天蛇将はただの仲間。であるが?」
騎士は目線をガダラルには向けず、頭を振った。
「いいえ、いいえ、いいえ・・・!」
暫しの沈黙。先に言葉を発したのは騎士の方だった。

「わたしはルガジーン様を敬愛しております。あの方のためなら、この身を捧げましょう。
 例えば敵の牙にかかるならば、わたしは喜んで盾になります。
 天寿をまっとうするにしても、同じ種族のわたしならば、あの方の最期を見届けることが出来ます」
ガダラルの冷ややかな視線を感じて目を反らせつつも、騎士はもう一度彼を見直して続けた。
「あの方が以前東部戦線に来られた時、あの方の部下になるのだと、
 共に皇国を守るのだと、恐れ多くも誓ったのです。
 側近、とまでは行きませんが、顔も覚えていただけました。
 出世しようと懸命に勉学にも励みました。兎に角、あの方のお傍にいたかったのです。
 ガダラル様・・ええ、けれど、ガダラル様。
 ・・・あの方の見つめる先には必ずあなた様がいらっしゃいました。
 あなた様は否定されるかもしれませんが、そのように振舞っておいででしょうが・・・。
 わたしは気付いてしまいました。
 ルガジーン様があなたを愛してらっしゃるということ、
 また、あなた様もルガジーン様を愛してらっしゃるということに。
 その時、わたしの心が闇のような色に染まったのに気がつきました。
 嫉妬、なのでしょうね。何故ルガジーン様の見つめる先にいらっしゃるのがあなた様なのかと。
 わたしではないのかと。こんなに頑張って、それでも報われないのかと。
 それは種族の違いでしょうか?地位でしょうか?
 確かにあなた様は男性にしては美しい見目だと思います。
 けれどルガジーン様は男性などお好きではなかった筈です。
 だから、きっと種族とか地位とかそんなものは関係なかったのでしょう。
 ただ、唯一、ガダラル様だから。あなた様だから、お好きになったのでしょう。
 それに、ようやく気がつきました。そして、わたしの想いは歪み始まったとことに気がつきました」
「・・・」
「あの方の愛するあなた様を、犯してしまいたい。
 ルガジーン様の大事にしておられるものを、一瞬でも構いません。共有したい・・・」
騎士の話は長かったが、歪みといっても結局は体か、と
彼の目的が解るとガダラルはわざとらしくも可笑しげに笑ってやった。
「ふん・・・長い講釈の後に結局はソレか。まどろっこしいヤツめ」
騎士の目が怒りのためか、爛と光った。まるで執念に取り残されるフォモルのように。
「退屈な演習だ。ヤリたければやれば良かろう。なあに、気にするな。あやつには内緒にしておいてやるさ」
「・・・ルガジーン様を裏切られるのですね」
「男に本気で愛だの恋だの、そんな馬鹿馬鹿しい話があるか?結局は快楽のためであろうよ」
ガダラルは嘘をついて、若い騎士を誘うように微笑んだ。

 

ガダラルは一瞬、己を見失った。
いつの間にか目の前に夜空が広がり、騎士の顔がその前にあった。
「わたしは本気ですよ」
ガダラルはその男に再び嘲笑を浴びせてやると、瞳に怒りに似た感情が見えた。

若い騎士は乱暴にガダラルの下半身を暴いた。冷ややかな空気に、鳥肌が立つ。
まるで時間に焦るように、その中心を手でまさぐると、
萎えていたガダラルのそれはゆっくりと硬さを増す。
男だ。することをすれば気持ちがいいのは当然だ。
直接的な快楽に導かれるようにガダラルは息を詰まらせた。
その形を慈しむように上から下、下から上へとゆるゆると擦る。
騎士の頬は上気していたが、ルガジーンの手筈を思い出し、逆にガダラルの頭の中は冷めていった。
じり、と何かに耐えるように手の下の草を掴んだ。

 

潤滑させるためのオイルなど改めて用意してるはずも無く、騎士は唾液をその代用品にした。
手にたっぷりと付けては、ガダラルの後孔へ忍ばせる。
無理に入れようというのか、何を焦っているのか、それは稚拙で痛みを伴う。
「・・・痛い・・・」
文句を垂れるのも気の毒なほど、騎士は必死だった。
オイルなどと違い、唾液はすぐに乾いてしまう。
騎士は体を繋げることも困難な様子で、それが益々ガダラルを不機嫌にした。
立場の違いからか、ずっと恐縮している。ゆとりのないセックスだった。

ようやく繋がるにしても、濡れてもいないし、騎士の先走りだけでようやく動く程度である。
無論、中のキツさは騎士にしてみれば快楽そのものだったろうが、下手でどうしようもない。
無理やり動くものならその場所は切れたし、ガダラルも面白がって彼を挑発した。
「ハハハ・・・ルガジーンはもっと上手いぞ」
「・・・くっ・・・」
飢えた獣のように腰を振るった。
それを情熱だと勘違いしたのだろうか。
せめて中の・・・良い所に当たれば、とガダラルは腰を動かし調節を試みたが、
騎士がすぐに自分の良いように動くので、ガダラルは結局
不満のまま彼が達するのを待たなければならなかった。
ガダラルは結局汗ひとつかかずに
「外に出せよ」
その命令だけは守らせた。

 

 

 

 

帰還中、この若い騎士はもう話し掛けては来なかった。
さすがに目立つため視界には入るが、それでもガダラルにしたら
何の感慨も抱けない存在に成り下がった。
一度ガダラルを犯して、その体をルガジーンと共有できたと満足したのだろうか。
それとも結局はガダラルを屈服させることが出来ずばつの悪い思いをして接触できないのセろうか。
恐らくこの演習での志願は初日に話したとおり、ただガダラルに近づく為だけだったのだろう。
もとより、あんな男に興味は無かったし、
ガダラルはそこで縁が切れるならばそれに越したことは無いと思っていた。
どんな状況においてももう、二度と会いたくはない。

 

一週間の演習を終えてアルザビに戻り、演習の成功を会議室のルガジーンへ報告へ行く。
会議室は黄昏色で染まり、重厚な扉を開けた瞬間、目が眩んだ。
ルガジーンは円卓の定位置に。
遠く離れた机に黒髪を分けて眼鏡をかけた女性の書記官が座していたが、
ルガジーンの背後の窓からは夕焼けの色が挿し込み、二人の表情は即座には見えなかった。
この日は外での見回りがなかったのか、
元々休みだったのかは解らないが彼は皇国軍の軍服を着ているようだった。
部屋の眩しさに目が慣れると素直にその姿に見とれた。
凛とした姿勢、広い空間に響くガダラルをねぎらう懐かしくも優しい声。
男に会って「帰ってきた」と、実感できることの安堵。
昨夜若い騎士に抱かれながらもこの顔が脳裏に浮かんだというのに、どうしてこの男を裏切ったのだろう。

 

陣形について新たに有効に軍が動くためのシミュレートした結果もその場で報告書と共に説明をする。
書記官が二人の会話を書き漏らさぬように忙しなくペンを滑らせている。
その、カリカリという音が止まった。
ルガジーンとガダラルの会話が止まったのである。
「何をする」
再び、ペンの音がし、ルガジーンはガダラルに微笑んだ。
「ご苦労だった」
その手は、しっかりとガダラルの手を握り締めると握手を装い何かメモのようなものを渡した。

 

この男は何も知らない。
自分の部下が恋人を抱いたことを。
恋人が自分を裏切ったことなどを。
そんな風に、優しく笑ってもらう資格など無いのに。

 

ふと、ルガジーンは書記官の方へ目をやると、手で何か遮るような仕草をしてみせる。
「書記官、ここからはプライベートな話故、ペンは止めておいてくれ」
と、前置きをしてから「演習中は風呂に入れず窮屈な思いをしただろう」ガダラルに気遣いをみせた。
「貴殿は風呂好きだからな、侍女等に言っていつでも入れるようにしてあるぞ」
ルガジーンは微笑み書類の束を脇に抱えると席を立ち、部屋を出て行った。他に仕事があるのだろうか。
それに伴って書記官も一礼をし、部屋を出た。
二人が出て行った後に渡されたメモを見ると、そこに書かれていたのは短い言葉の恋文であった。
彼らしく丁寧な整った文字を見て、一人残されたガダラルは後悔の念だけに押しつぶされそうになった。

 

主人を久しぶりに受け入れた部屋のベッドの中で、二人の体がごそごそと動いた。
ガダラルにしては珍しくその部屋は散らかったままだった。
演習に持っていった書物を片付ける事もせず乱雑に絨毯の上に散らばっていたし、
身に付けていた二人分の衣類も同じように脱いだままにしていた。
男の逞しい体を受け入れ、その躍動に打ち震える。
体を持ち上げられ、上にされ、それでも激しく自ら動いた。
はしたないとも感じた。男のものは大きく、彼自身のように逞しく、ガダラルの体の中で硬く弾ける。
こうして繋がりつづける快楽と、裏切ったけれど何も知らない彼の優しさとが
さらにガダラルの心を攻め立てた。
もっと、もっと、ほしい。
種族の違いに拘るこの心のなかの寂しさも満たして欲しくて、何度も求めていた。

 

 

「この1週間、死に物狂いで仕事をした」
ルガジーンが笑ってみせた。
「何故」
「この瞬間のために」
悪戯に触れる手を抑えながらも、ガダラルも身を捩って笑う。
「貴殿がいないアルザビなど、灰色にくすんで見えたが・・・」
ガダラルは男を見上げ、その続きを促した。
「会議室に貴殿が入ってきた途端、視界が虹色に輝いて見えたぞ」
「大げさだ」
ルガジーンはハハハ、と笑ってみせると、ガダラルの白い胸に鼻を寄せる。
「いい香りだ」
「ただの石鹸の匂いだろう」
「気持ちよかったか?」
「どっちが?」
「どっち、とは?」
「風呂のことか?セックスか?」
「ああ、勿論風呂のことだ。気を利かせたのだぞ」
「なんだ、そうなのか」
少しの落胆。今なら正直にルガジーンとの行為が好きだ、と言えたかもしれないのに。
やはりこの男に抱かれるのは良い。ガダラルは泣きながら何度もいかされた。
「すまんな、乱暴にしたつもりは無かったが・・・切れてしまったようだ」
ガダラルの心臓が一瞬止まった気がした。
「・・・ま、まあ・・・。久しぶりだったからな・・・」
「一週間だが・・・焦ってしまったのかもしれん。兎に角待ち遠しかったからな・・・」
「いや、大した事ではない」
「そうか」
「そうだ」
「・・・寝ようか。流石に疲れる一週間だった」
「・・・うむ・・・」
夢うつつの中でまどろむ男を見る。彼が先に寝るなど、初めてだった。
一体この一週間で何時間ほど寝たのだろうか。
彼が先に寝てしまうと、まるで世界に一人取り残されるような、
そんな寂しさが急にガダラルの心を襲った。
「ルガジーン・・ルガジーン」
腕を揺すって彼を呼ぶと、「・・どうした」と、微かな声で返事を返された。
「・・・朝までここに居ろ、夜中に抜け出すな・・・」
「はは・・ばれていたか」
「一人では、寒い・・・」
ルガジーンはガダラルを抱きしめると、その額に口付ける。
「泊まらせて貰う」
「そうしろ・・・」
その逞しい体に腕を回して、しっかりと抱きしめあった。

 

同性で愛し合うなんて、嫌悪以外の何ものでもなかった。
戦場では無理に複数の男達に体を開かれたこともあったし、
時の権力者に体を使って近づいたこともあった。
この地位に登りつめるまで自分自身を道具にし、捨ててきたといっても過言ではないだろう。
この軍事国家で何のコネも無く魔道士が将軍になどなれるはずもないのだ。
誰にも犯されない地位が欲しかった。
戦場で自分を犯した者共に報復しても揺るがない地位が欲しかった。

 

五蛇将の地位を得て彼に出会った。

相手は天蛇将。その存在は知っていた。
知っていただけだ。
何の感慨も無くただ漠然と上官だ、としか
思わなかったはずなのに、今はこんなにも恋しい。

 

穏やかな寝息を立てる男の顔は、戦場での厳しさは微塵も無い。
好きだ。
この男がたまらなく好きだ。
種族が違うから彼との未来は諦めていたけれど、離したくはない。
死ぬのなら共に死にたい。
だって軍人だろう?
ルガジーンが深く眠りについたのを確認すると、ガダラルは彼の唇を優しく奪っていた。

 

 

カーテンから差し込む光の眩しさに薄く目を開けると、隣で何かが動く気配がした。
ああ、そうだ、ルガジーンが泊まったのだったな、と安堵する。
夜中抜け出すことなく居てくれたのだろう。
ガダラルの髪を優しく梳いてくれる手があった。
「・・・起きていたのか」
「ベッドを出ては貴殿が寂しがると思ってな」
ふん、と鼻で笑うが、ルガジーンは気にも止めない。
「可愛らしい寝顔だった」
「バカをぬかせ・・・男に可愛いなどと」
「男とかこだわる必要は無かろう?愛するものを、そう評価しただけだぞ?」
「・・・くそっ」
嬉しくてたまらないのに、それを隠すようにわざと悪態をつくのもルガジーンにしたら予想の範疇だった。

 

「コーヒーでも淹れよう」
ルガジーンが衣服を整えてベッドから抜け出すが、まもなく2つのカップを持って戻ってくる。
1つ受け取ると息をかけて吹き覚ましてようやく一口を含む。
たおやかな香りが鼻から抜けていく。
「・・・うまいな・・・」
「そうか、コーヒーを淹れるのだけは自信があるぞ」
ルガジーンがぱ、と笑顔になった。
「俺はここ暫くしてないが・・・料理を作るのも好きだな」
「本当か?それは初耳だ。機会があったら食べさせてくれるか?」
「暇が出来たらな」
頷くと、またカップを口に含んだ。
「おかしな話をしても良いか?」
「・・・どうした?」
「一週間前に、話しただろう。過去と未来の話とやらを」
「ああ、貴殿は途中で寝てしまったな」
ガダラルは少しむっとして続けた。
「多分俺は生き急いでいる。だから未来に希望が持てないと、そう思った。
 軍人だしな、いつ死ぬとも解らん」
「うむ」
「しかし、多少なりとも・・・ルガジーン、お前がいれば・・・」
「ガダラル・・・?」
ルガジーンはガダラルの様子がいつもと違うことに気がつき、
ベッドに腰掛けると正面から彼の手をカップごと包み込んだ。
ガダラルは暫くその手を見つめたまま何も言わなかったが、ようやく
「俺を好きか?」
声を絞り出すようにそう言って男を見つめた。
「無論だ、愛している」
「俺はヒュームだぞ?それでもか?」
「種族間の問題など、些細なことではないのか?現に我々は愛し合っているのだろう?」
「そうだが・・・ずっと気に掛かっていた」
「どうした」
「俺たちの種族は寿命が短い。エルヴァーンとは違う。
 俺は先にいなくなるから・・・残された後お前はどうする」
「貴殿を想って生きる」
ルガジーンの両手に込められた力を嬉しいと思いながらも頭を振った。
「違う、本当は違う・・・。きっと一人では耐えられない。
 男とは寂しさに弱い生き物だ。きっと誰か俺の代わりを探すだろう。
 俺は醜い。誰かにお前をやるなんてできぬ。お前は、俺が死んでも俺のものでいろよ・・・!」
ルガジーンはしっかりと彼の震える肩を掻き抱いた。
ガダラルの手からカップが落ち、絨毯にその染みを作った。
「そんな、嬉しいことを言ってくれるとはな・・・」
「ルガジーン。誓え、誓え・・・。俺のものだと、誓え」
「ああ、誓う。私はお前のものだ」
ガダラルの脳裏に、あの若い騎士の顔が浮かんでは消えた。
すん、と鼻が鳴り、切なさに涙が出そうなのだと知った。
こんな恋は初めてだった。
ルガジーンの頬を手に包み、そっと顔を近づけて自分から口付けを仕掛けた。
軽く、重ねあっただけで、すぐにうつむく。
「いとしい」
聞こえないほどの声で。
もう一度ルガジーンは強く抱くと、ガダラルは近くなったその長い耳に呟いた。
「いいか、もしもお前が先に死んだら、この首をかき切って後を追ってやるからな・・・」
「炎のような男だ・・・貴殿は」
「炎なんてものは足掻くだけの力だ。
 地べたを這いずり、せめて草や森を焼くのが精一杯の力だ。
 どんなに焦がれて手を伸ばしても天には届かない。そんな弱い存在だ」
「充分だ。私を天だというなら、貴殿の場所まで降りよう。 
 今、こうして触れ合っている・・・それが真実だろう」

 

ガダラルは何も言わなかった。
ルガジーンもまた、無言でいた。
未来など見ることは出来ない。ただ抱き合っているこの時が愛しい、そう思うのだ。