ほんの些細な






突然舞い込んだ休暇前の夜に、二人は抱き合う。
それはいつものようにルガジーンがガダラルの部屋へ忍び、情事を繰り返す。
月明かりの中だけの暗闇の中の部屋。軋むベッド、熱い息遣い。
甘い、けだるげな声。
何度も囁く男の愛の言葉に酔わされている。
細い体は男の逞しい体の下で白魚のように跳ね、その浅黒い体に爪の跡を残した。

 

この男はどれほどに俺を愛してるのだろう。
彼の今までの恋人達も、こんな風に愛されてきたのだろうか。
俺はこの男を、この男ほど愛しているのだろうか。

 

ベッドの上で肢体をすっかり投げ出して、
ガダラルはルガジーンが体を拭いてくれることを喜ばしく思っていた。
いつも通りならこのまま隣に潜り込み、腕枕をしてくれて髪を梳きながら
ガダラルがすっかり寝入るまで暖かく見ていてくれる。
時には何か取り留めの無い会話をし、
いつの間にか寝入ることのその幸福が常にはあった。

 

けれど、なぜかこの日は違った。

 

「目がさえてしまった」
とだけ言うと、男は夜着をまとってソファに寛ぐ。
なんだ、傍に来てはくれないのか、とガダラルは不安にも思ったが、口には出さなかった。
ランプも点けない暗闇ではあったが、少し苛立っているようにも見えたからだ。
二人きりの時に、この男が負の感情を露にするなど滅多に無いことなのに。
「寝ないのか」
「・・・」
無言だった。
なんなのだ、と思う。
幸福な気分で抱き合い、幸福な気分のまま眠れば良いのに。

 

 

ルガジーンは月明かりを頼りに棚を勝手に開けると、
2・3日前にラバオの商人が売りに来た砂漠の植物から
搾り取った液から作られた酒を小さなグラスに注ぎ、一気に煽った。
かなりの度数のそれはガダラルの口には合わず、いつでも好きに飲め、と部屋に残しておいたものだった。
「お、おい・・・!」
慌てて止めに入るが、また、煽る。
「ーーーーッ」
2杯はやはりキツイらしい、眉をひそめた。
テーブルの上にグラスを強く置くと、たちまち部屋には沈黙が訪れた。
嫌な沈黙だった。
はっきりとしない。
心がざわめきだした。
「何か・・・あったのか」
ガダラルは、それだけ言うのが精一杯だった。
それでも、ルガジーンは何も言わなかった。
元々、気は短い。ルガジーンの苛立ちがガダラルに伝染するまで、たいした時間はかからなかった。
「・・・・言え。言いやがれ」
ソファの肘掛に凭れ、ガダラルを見ない。
こめかみを抑えると、ため息をゆっくりと吐く。
長い沈黙の後に、ルガジーンはようやく重い口を開いた。

 

 

「貴殿は、私をどう思っている」
「・・・?」
「貴殿は、私に何も言わぬのだな」
意味が判らなかった。
「何も・・・とは?どういう意味だ」
ガダラルの言葉が、やや粗くなる。
「私はこんなにも貴殿への愛を伝えていると言うのに、貴殿は何も言ってはくれぬ。
 ・・・それが不満で仕方ないのだ」
「な、なんなのだ、急に」
「急ではない。ずっと、気に掛かっていた。私一人の感情でいるのではないかと」
「バカな・・・事を」
「貴殿にとっては、バカな事か。」
男は自嘲した。
「何度本気で言っても、貴殿にしたらそれはバカな事だというのだな」
「な・・・」
ルガジーンは暗闇からガダラルを睨んだ。
暗闇の中、微かな月明かりに照らされた瞳は爛々と輝き、
鋭く、それはまるで獲物を狙う鷹のような目だった。
これがこの男の本気の目なのだ、と知った。その鋭さに底冷えをする思いだった。
「言えぬか」
「た、態度で解らぬのか」
「解る。解るが、だが、言葉が欲しい時もある」
「何を、そんなことを」
「愛していると、言ってはくれぬか」
いつものルガジーンならその言葉はもっと優しく耳に響く。
しかし、今はまるで差し込むような痛みに似た声だった。
確かに、と思う。ガダラルはずっとそれを声に出して言うことが出来ずにいた。
下らないアとだと思う。ルガジーンは解っていると思っていたから。
今まで言葉に出さずとも気持ちは通じあっていたはずだ。
気持ちが通じ合っていたから、今まで抱いてきたんだろう?
それとも、何も言わないのを良い事に、ただ体だけの関係だと思われていた?
だとしたら、ガダラルにしたらそれは屈辱であった。

 

 

 

ほんの些細なわだかまりは二人を意固地にさせた。
「何故、言えん?」
「何故、こだわる?」
ルガジーンは頭を抱え、再びため息を漏らした。
ガダラルにはその仕草がなぜか大げさで演技じみていて、不快なものだと感じた。
「男同士だから、不確かなものだから言葉が欲しい。安心したい」
「不確かなものだから誓うことは出来ぬ」
何を今更、という気持ちの方が強い。
ルガジーンの言葉を真似て、吐き捨てるように言い放つ。
「・・・そうか」
「そうだ」
「伝わらぬのだな」
ガダラルは腰に敷いていた枕を取ると、男に投げつけた。
「貴様がそんな女々しい奴とは知らなかった。出て行け、二度と来るな!」
投げつけられた枕を安々と受け止め、ベッドの端に置きなおしてルガジーンは微笑んだ。
内心ガダラルはその笑みに安堵した。
こんなくだらない口論がそれで終わるような気がしたからだ。
けれど男の表情。それは、いつもより寂しい笑顔だった。
「・・・承知した」
それだけ言うと、ガダラルを見ることもせずに本当に部屋を出て行ってしまった。

 

 

 

その笑顔に一瞬でも安らぎを感じたことを後悔した。
眉はひそめられ、口元は引きつっていただろう。
目には哀しみの色が湛えられていただろう。
なのに、口論がそこで終わると・・・。
いつものようにルガジーンが「すまなかった」と折れてくれ、
抱きしめてくれると勝手に思い違いをしたのだ。
「・・・別れとは、あっけないものだな・・・」
部屋に残された者の呟きは、夜のしじまに溶けていった。

 

 

食堂のオープンテラス(とは言っても、広めのベランダにテーブルがいくつかある程度の広さである)に、
すっかりぬるくなったチャイに手を付けず、ぼんやりと宙を見ては過ぎる時間をもてあましていた。
太陽は空の天辺を過ぎ、遅い昼食を食べに来る者たちもいた。
その数は休暇中のためか、やや少ないように思う。
実家に帰ったり、恋人や友人と思い思いに過ごしているのだろう。
ガダラルは食堂の喧騒に耳を傾け、綺麗に切りそろえられた自分の手の爪を見たり、
髪をかきあげたり、ただ、昨夜の口論は思い出さなくても済むように
なるべく頭の中を空にして無意識の動きだけを繰り返していた。

だからだろうか、隣の席に誰かが座るのにも即座には気が付かなかった。
隣の席の者は、黙々とフォークで山のような野菜を突き刺しては口に運んでいる。
こんなに野菜ばかり食べる者は、彼の知る限り一人だった。
「・・・今ごろ昼飯か」
「ええ、少し遅くなったけれど」
ナジュリスは微笑むと、今度は黒パンのスライスと
ロックチーズをトーストしたものを口へ運んだ。
カリ、という音が小気味よい。
「チャイ、淹れ直して頂いたらいかがかしら?」
「・・・そうだな・・・」
ガダラルは立ち上がって厨房のほうに手を上げて合図をすると、
それに気がついた給仕娘は慌てて駆け寄ってきた。
「すまん、淹れ直してくれるか」
カップを傾け、中身があることを伝えると、娘は盆を持ち直し「はーい、ただいま」と、再び戻っていった。
「ふん、忙しない娘だ」
「可愛いわね」
ガダラルはまた、ぼんやりと空を見た。
「わたし、シナモンの香りが好き。ガダラルは?」
「ん・・・・。カルダモンかな・・・」
本気で答えたのではない。
ただ、チャイのレシピを思い浮かべただけだ。
「ジンジャーも好き。体が温まるわ」
「ふ、そうだな」
ルガジーンはコーヒー派だったな、と、またぼんやり思う。
豆をローストしてやった記憶が甦る。
そんな些細なことでも喜ぶ男だったから、
食堂長が豆を仕入れるたびに彼の分も譲ってもらっていた。
そよ風が二人を包んだ。
髪の毛がさわ、と風にさらわれる。
海から流れ着いた風は潮気を含んでいる独特の匂いがした。
「お前がいると風が吹くのは気のせいかな」
「さあ?」
ナプキンを口に抑えるとにっこりと微笑む。
そのうち「お待たせしましたぁ」と、給仕娘が煮え立ったばかりのチャイを運んできた。
ここのチャイは、いつも味が違う。
食堂長の気まぐれで、スパイスの量がいつも違うのだ。
「あら、いい香り」
しかし、常に味は良かった。
「食堂長が、今日は甘くしてあります、って仰ってましたよ」
娘が盆でそばかすだらけの鼻から下を隠すようにして立っている。
「あら?そうなの?白蜜が沢山手に入ったのかしら?」
「いいえー、なんだか炎さま元気が無いからって」
カップを持ったガダラルの手がピクリと動いたのを、ナジュリスは見逃さなかった。
「ありがとう、下がっていいぞ」
ぺこりと挨拶をして、また娘は厨房へ走っていった。
「・・・元気が無いの?」
「・・・気のせいであろう」
「・・・食事はしたの?」
「・・・特に何も」
「・・・ルガジーンは?」
「・・・別れた」
「あらあらあら」
「そういうことだ・・・」
「おセンチなのね」
「なんだそれは」
「今度は女性と付き合ってみたらいかが?」
「面倒くさい」
旨いな、と呟きながらチャイのカップをテーブルに置き、そしてまたぼんやりと宙を見る。
ナジュリスは隣で頬杖をつきながらガダラルを見つめていた。
この子は寂しくて仕方ない時、こうして人目に付くところに来るんだわ、と微笑ましく思った。
「原因は何?」
「ヤツが下らんことを言い出した」
「下らないことなら言えるわよね?」
ガダラルは簡単に昨夜の口論の話をすると
「・・・あなた、バカなの?」
ナジュリスはきょとん、と目を大きくさせた。
「・・・なんだと」
「愛し合ってるなら言えば良いじゃないの」
「い、言えるか、そんな女々しい・・・!」
「でもルガジーンの性格からして、彼はずっと言ってくれたのではなくて?」
言葉に詰まった。
確かにその通りだ。
「あなたって、まともに恋愛したことが無いのね」
ナジュリスはコロコロと笑った。それに無性に腹が立って
「貴様こそ、ミリと一緒じゃないのか」
彼女が一人で食事を摂る理由を探る。
「言わないでっ」
ナジュリスが両手で耳を抑えて頭を振った。
「んもう、折角のお休みなのにザザーグに取られちゃったのよ」
「ほー・・・珍しい組み合わせ・・・でもないか」
二人の共通点は大食漢、ということか。
「白門・アルザビ食べ歩きツアーなんですって」
予想通りの答えに笑いを堪えることが出来なかった。
そして、浮かない彼のために大げさに言ってくれているであろうナジュリスにほんの少し感謝した。
「あの二人なら、マムークまで足を伸ばしてジズ狩りもしそうね」
「・・・どれ、料理の下準備をしておいてやるか」

  

ガダラルは伸びつつある髪を一つに束ねると、料理の下ごしらえに取り掛かった。
少しでも動いていた方が余計なことを考えずに済むだろうから、と。
フライパンに大量のバターを溶かし、小麦粉を黒くなるまで炒めておく。
袖をまくって香り野菜を次々に洗うと、粗く刻んで火にかける。
野生のジズの肉ならば臭くて筋ばっているだろうから、
良く煮込んだほうがいいだろう、とブラウンシチューの予定をたてる。
ルガジーンもこれなら食べるだろう・・・と、つい別れた男を思い出して、自分に苛立った。
野牛の骨を適当にナタで割るが、つい余計な力が入ってしまうようだ。骨は粉々に散乱した。
「ガダラルさまはその時のお気持ちが料理に表れますなあ」
食堂長が腹を揺すりながら笑った。
隣から覗き込むナジュリスも、釣られて微笑む。
「やかましいッ」
ホホホ、とたぷたぷの顎を撫でる。
この男にしたらガダラルなど少し出来の良い、やんちゃな息子のようなものだ。
ガダラルは再び巨大な骨を取り出し、今度は2,3本に割る。
上等な絹布でできた服はなめらかで摩擦が少ないため、
こういった作業には長い袖がずるずると降りてきて邪魔で仕方ない。
それをめくって捲り上げると少し腕を揺すった程度でも再び長く伸びてしまう。
何でこんな服を買ったのだか・・・と思いつつ、それは彼が買ってくれたのだった、と思い直す。
自分は風通しの良い質素な麻や木綿の服が好きなのだが、
それでは将軍として示しがつかないから、と
人前に出るときは絹の服を着るように言われつづけたのだった。
デザインや色などどうでも良かったが、彼が唸りながらも
色々選んでくれた事を思い出すと鼻の奥がツンとした。
それはただ、ワイルドオニオンを切ったからだと自分に言い聞かせる。
「骨を洗ってくれぬか」
「承知しました」
食堂長に任せれば安心だろう。
大きな寸胴鍋に水を入れると沸騰させ、それを確認してから
炒めた野菜を投入する。が、やはり袖が気になる。
「わたしも手伝いましょうか?」
「それだけは辞めてくれ」
あら、失礼ね。と頬を膨らますナジュリスであったが、
役には立てないことを知るとわざとらしくガダラルを見て言った。
「じゃあわたしは、ルガジーンの所へ遊びに行こうかしら」
案の定ガダラルの眉がピクリ、と動いた。
「ルガジーン様なら、剣を担いでどこぞに行かれましたなあ」
「ふん、休みなのに大層な事だな」
「真面目な方ですなあ」
事情を知らない食堂長は、ただ感心するようにニコニコと笑った。
さっさとナジュリスは厨房を後にすると、それを確認するかのようにガダラルもまた
「洗ったら骨を鍋に入れて灰汁ををとってくれ。着換えてくる」
「かしこまりました」
命じて後ろを向くが、そこには既に若い料理人たちの人だかりが出来ていた。
「どけっ!貴様らの分もあるから安心していろ!ただし、野菜の皮を剥いておけよ」
歓声が沸き起こるが、相も変わらず鬱陶しい連中だ、とガダラルは怒りながら部屋へ戻っていった。

  

「・・・別れた、と言っていたのか・・・」
折角の休日を皇国軍軍用広場で朝から剣の稽古に明け暮れていた男が、絶句した。
正面にいるナジュリスは「困った子ねぇ」と、眉をひそめた。
「ただの口論であって、部屋を出たのは頭を冷やす為で」
「わたしに言われても・・・?」
「す、すまぬ・・・」
「あの子は恋愛下手でしょう?恋人同士で喧嘩したら、それはもう終わりなのよ」
「うむ・・・」
「何が原因なの?」
あえて両方から聞く事で、お互いの言い分を整理しようとする。
「下らないことだと思う。私がこだわらなければ良かっただけの話なのだ」
アルゴルに身を預けるようにして立ち、とりあえず昨夜の口論のあらましを説明すると、
今度はナジュリスが絶句する。
「あの子はそういう言葉が苦手だって知ってるでしょう。なぜ言わせようとしたの」
「何故、だろうな。安心したかった」
「気持ちは分かるけど・・・・。ガダラルのことになると、意外とあなたも脆いのね」
ルガジーンは全くそのとおりだ、と言いたげに乾いた地面を見ながら頭を振ると剣を突き刺した。
「それほどに愛は深いもの」
ナジュリスの呟きは彼の心に届いたであろうか。
「ガダラルもバカだわ」
ふと、彼女に顔を向ける。
「言ってしまえば楽になるのに」
「・・・楽・・・とは」
「まだ迷いがあるのではないかしら。同性に恋など、って」
「・・・かも、しれぬな」
「私は同性でも愛し合うことは有りだと思うわ。その二人の問題じゃない?誰に迷惑を掛けてると言うの」
「うむ」
「どうして言えないのかしら」
多分、ガダラルの過去に関わることだと思う。
ルガジーンは彼が今まで男達に体を奪われ続けてきたことを知っていた。
だから、本当は男に抱かれるのに嫌悪感があるのではないのかと。
彼の過去を知ってから心の傷を癒したいと願ってきたのに、結果としてまた傷つけているのだろうか。
こんなにも自分は愛を伝えているのに、ガダラルは信じてくれては無いのでは、と。
彼が別れたいと言うならばこのまま別れてしまった方が彼のためではないか。
しかし。
「ナジュリス」
「なに?」
「誤解を解きたい。ガダラルは今、どこにいる?」
「厨房よ、頑張って」
大剣を担いで走り去る男に、ナジュリスはエールを送った。
「・・・仲直りしたら、それはそれでガダラルが大変かしら・・・」
ちょっと下品な事を考えた自分をはしたないと感じ、頬を軽く叩いた。

 

クローゼットの中は意外にもルガジーンからの贈り物が多かった。
しかもどれもこれも高そうな服ばかり。
「高給取りが・・・!」
その服をポンポンと部屋に撒き散らす。
良い機会だ。処分してしまえ、と言わんばかりに
自分が着ている服も脱ぎ捨てると、その山に放り投げる。
魔力が高まるからと、見立てて貰った澄んだ色の指輪やピアスもあった。
その一つ一つに思い出が詰まっていることに今更ながら気が付いた。
付き合う前からガダラルを気に掛けてくれて、食が細いと大量に果物を部屋に運んでくれたり、
将軍としての役目、礼儀や軍部に残る古くからの行事・しきたりなど教え込まれた。
元々そういう面倒見の良い性格なのだろうが、最初は鬱陶しく感じたものだ。
大の大人を子ども扱いしている、と嫌な気分にもなったものだが、
しかし、一通り教育が終了すると今度は完全な放置で
ガダラルはこれほど彼を頼りにしていたのかと、思い知らされた。
ある休日、街をうろついて偶然に出会い、服のことを咎められた。
「なんだ、炎の。その格好は変装のつもりか?」
「服などどうでもいいだろう」
「いや、いかんな。仮にも将軍。人前に出るときは絹の服を着たまえ」
そのまま引き吊られるように織物屋に連れて行かれたのだった。
着るもの、身に付けるものは個人の地位を表す。
みすぼらしい格好は例え地位が高かろうとも風格は翳み、
だが、身分が低いものが上等な服を身につけても、逆に釣り合うことは無い。
「絹など慣れん」
「風格とは身につくものだ。着ていれば慣れるぞ」
店のものに体のサイズを測られ、「なんだ、貴殿アルゴルと同じくらいか」と、
身長のことを笑われた時は本気でフレアを唱えようとも思ったが。
結局そのまま数着の絹製の服を作ってくれ、
彫金ギルドで宝石を買い付けると指輪もこしらえてくれたのだ。
似合うから、という理由で赤い宝石を削った指輪だったため、
なかなか身に付けることも出来なかったのだが・・・。
その時の指輪が奥のほうで見つかった。
思えば、あの時から彼は自分を見ていてくれたのではなかったのか。


「・・・畜生・・・畜生・・・・・・」
クローゼットがすっかり空になった頃、涙が自然と頬を伝っていた。
「俺は、何も与えてなどいなかったのか・・・」
今ごろ気づいても遅いのに、たった一つ、彼の望みの言葉すらも言えない自分を恥じた。
ルガジーンだから、彼は大人だから、自分の事をすべて解ってくれると勘違いをして、
ただ安心しきって胡座をかいて座っていただけの恋愛ごっこだったのだろうか。
「ルガジーン・・・」
先ほどまで着ていた服を見つけると、赤い指輪と共に抱きしめる。
「愛してる・・・」
誰も聞きはしない、誰も居やしない。
たった一人の部屋で、ガダラルは小さく震えた。


と、ドアを叩く音がして、涙を慌てて拭いた。
「な、なんだ」
「客人です。いらっしゃいましたか」
その声は従者のシャヤダルだった。
髭面を思い出す。
「解った。掃除をして散らかっているが、それでも良ければ、と伝えてくれ」
とりあえず投げ捨てたものをソファの上にかろうじて纏め上げると、客人とやらを迎え入れた。
客人は、数日前にきたラバオの商人であった。
 

給仕娘がこの場にあまりにも不釣合いな大剣を背負った男を見つける。
「あら、天さま。お夕飯はまだですよぅ」
目を泳がせるようにすると、厨房を覗く。
「炎のはいないのか?」
大量の野菜と格闘している若い料理人達の中から
太った食堂長が大鍋の灰汁取りをしているのを見つけると、カウンターから顔を出す。
「良い香りだな」
「今夜はブラウンシチューだそうですよ」
だそうです、とはつまり。
「炎のが作っていたのか?」
「で、ございますよ。今部屋に着替えをするとかで一旦戻られました」
「そうか」
ならば戻ってくるだろう、とほっとしてルガジーンは
壁にアルゴルを立て掛けると食堂の椅子に腰をおろした。
部屋まで行けば拒絶される気がしたからだ。
すかさず給仕娘がコーヒーを運んでくれる。
「ああ。ありがとう、気が利くな」
「炎さまが、天さまはコーヒー好きだって良く仰ってましたから」
「・・・そうか」
カップを両手で包み込むと、じんわりと暖かな気分になった。
コーヒーはゆっくりとだが減り、少々の苛立ちがルガジーンをせめぐ。
指をタタタンと机で鳴らし、暇をやり過ごすが一向にガダラルの戻る気配は無かった。
これは着替えにしては遅いのではないのだろうか、と思いかけた頃、
丁度彼の従者が髭面を手でさすりながらブツブツとなにやら呟いてやってくるのが見えた。
「ああ、ルガジーンさま」
「・・・?どうした」
「さきほど、中の地方のクゾッツ、ラバオの街から来たと言う商人を
 ガダラル様の部屋までお通ししたのですが」
ガダラルの名が出て、ルガジーンは思わず立ち上がっていた。
「ありえない姿をしていましてね・・・ゴブリン?ええ、皮鎧と短剣で武装しているのです」
「なんだと」
「ガダラル様は以前酒を買ったそうで顔見知りのようなのですが、私はどうも腑に落ちません」
ルガジーンが愛剣に手を伸ばした。
「暗殺、とか、そんな物騒なことでは・・・」
「・・・参る」
そして剣を安々と片手で持ち上げると、食堂を飛び出していった。

  

さわやかな花茶の香りが部屋を満たしている。
ラバオのゴブリン商人はそれには手を付けず、鞄の中から様々な品物を広げていた。
「これ、今日届いたばかり」
「サンダーメロンか。旨そうだな」
「こっちも、旨いぞ」
2種のメロンを手に取ると、ガダラルは嬉しそうに目を細めた。
やはり、新鮮な食材は見ているだけで楽しい気分になる。
「2ダースずつ貰おうか」
「わかった。ほかに何か無いか?」
ふと、自分の右手を見る。
真っ赤なフレイムリングが嵌められていた。
いとおしい男が作ってくれたもの。
「何か、変わった宝石はあるか?」
商人は首を傾げたが、しかしすぐに
「あるぞ、スタースピネルという石」
「・・・聞いたことが無いな」
「クゾッツはアンティカの住処、流砂洞でしか取れない石だ」
「ほう」
と、ゴブリンはその石の入った宝石箱を取り出した。
「これこれ、綺麗綺麗」
皮の手袋をはめたまま器用にそれをだして見せると、感慨深げに頷いた。
「この石、加工、人間には出来ない。ゴブリンとモブリンだけの技だぞ」
ガダラルは関心したように頷くと、その石の付いた指輪を手にとってみる。
従来の指輪は宝石が大きくて女性的なデザインだが、それは白銀の台座が無骨なほど太く、
スタースピネルは逆に小さく埋め込まれ、男性的とも言えるデザインだった。
「うむ・・・。これはいいな」
納得するように太陽に透かすとそれは光を孕み、いくつもの色にキラキラと輝いた。
紫や黄色、青、赤・・・天を名乗る男にこれほどふさわしい色は無いだろう。
光の混合色は透明である。虹のように沢山の色を持つ光も、交じり合えば透明になる。
それはつまり、天道の・・・天の色だとガダラルは感じた。
「いいだろう、色んな色、見えるだろう。綺麗だろう」
ゴブリンも得意げで、胸を張る。そんなおだやかな商談が進む中、いきなりそのドアは開けられた。
「ガダラル、無事か!」
「な、なんだノックぐらいしたらどうだ!?」
それは勿論、大剣を構えた天蛇将その人であった。
いきなり剣を構えた男が現れ、ゴブリンの商人は腰を抜かしつつ、
ガダラルの影に隠れるのが精一杯だった。

 

 

 

「がくがくぶるぶる」
「・・・いや・・・本当にすまない・・・」
ガダラルが新たに入れた花茶を手に持ち、問題の大剣は
壁に掛けるとこれほどか、というほど頭を垂れた。
「バカか貴様は」
「本当にすまん・・・」
「いや、いい。俺、少し驚いた。ほんの少し、だけ」
どうやって飲むのか、花茶を嚥下した後
「ほんの少し、だけだからな」
まだ怖がっているようで、肩を震わせている。
昨夜の口論などすっかり忘れて、ルガジーンとガダラルは見合い、吹き出した。
ルガジーンの隣には彼がかつて送った絹の服が積み上げられている。
「・・・売ろうとしたのか?」
しかし、ガダラルは首を横に振っただけだ。
「・・・そうか」
ガダラルはゴブリンに指輪を出すように促すと、受け取ったそれをルガジーンの指にはめ込む。
それは無意識だっただろうが、左手の薬指にスタースピネルは輝いている。
「・・・?これは?」
「やる」
「いや、しかし」
「これを貰ったのを思い出したからな」
と、言いながら右の手のフレイムリングを見せる。
うっかりエルヴァーンサイズで作ってしまったらしいそれは、
ガダラルの手には少々大きかったらしく中指に輝いていた。
「ああ・・・懐かしいな」
「俺は貰うばかりで、何も与えてないと知った。これはスタースピネルと言うそうなんだ。貰ってくれ」
じっと、自分の指に嵌められるスタースピネルを見て太陽の光に晒すと、軽く口付ける。
「ありがとう。美しい石だな」
正直な感想に喜んだのか、ゴブリンが身を乗り出す。
「それ加工するの難しいんだぞ」
「そうなのか、本当に綺麗だ」
ガダラルは珍しく微笑むとルガジーンはその手をとり、握り締めた。
「貴殿のようだ。本当に美しい」
「こ、こら・・・人前で・・・!」
案の定ゴブリンは吃驚してがたがた震えだした。
「構わぬ、本当のことだ」
「お、おまえらはほも、って、ヤツだな・・・ウホッ」
「き、貴様、調子に乗るなよ・・・!」
「ああ、私は心から彼を愛している」
「うおおおあ、アトルガンの将軍は!ホ」
そこでガダラルの正拳が飛んで、ゴブリンの顔面にのめりこんだ。
「それ以上言うな、商人風情がッ」
「ははは、ガダラルは怒ると怖いな」
「貴様も余計なことは言わんで良い」
キッと睨まれつつもルガジーンは床に倒れたゴブリンを起こしてケアルしてやると、
お礼とばかりに小さな入れ物を手に包まされた。
「これは?」
長い耳に顔を寄せ、ゴブリンは内緒話を始める。
「クゾッツの桃色の花を咲かせるサボテンから作った。
 まだ試作品だが、お前にやるぞ。怒りん坊将軍もこれを使えば子猫ちゃんだ」
「・・・?子猫とは?」
「えっちのときに、つかってみろ」
「・・・・!!」
ゴブリンがギャハ!と笑い、ルガジーンが硬直するのを不信に思いながらも、
とりあえずガダラルはサンダーメロンとウォーターメロンの箱を厨房に運ぶように依頼すると
(大量のメロンが鞄に吸い込まれる様には本当に驚愕していた)代金を払い、
ゴブリンを部屋から追い出した。
折角行商に来てくれたのに、酷い扱いではあるが。
静かになった部屋でルガジーンはせっせと服をクローゼットに仕舞い、ガダラルは再び茶を淹れる。
昨夜のこともあってか、暫しの沈黙が居心地悪かった。
食堂の方で大きなざわめきが聞こえる。ザザーグとミリが帰ってきたのだろうか。
「掃除でもしてたのか」
急須を傾け、茶碗に茶を注いで、再び急須に戻す。
しっかりと茶碗に残った花の香りを嗅がせる。
「いや・・・。身辺整理を」
もう一度花茶を注ぐと、テーブルに置いた。
「・・・そうか。もう・・・終わりか?」
「そのつもりだった。でも、出来ないとわかった」
その言葉にほんの少しルガジーンは安堵し、花茶を口に含むと
鼻からゆっくりと空気を吸い込み、その香りを楽しむ。
「いい茶だ」
急須をテーブルに置き、ガダラルは少し微笑む。
昨夜のことが嘘のように二人の間には優しい空気が流れつつあった。
昨夜のことなど無かったような錯覚に陥る、優しい空気。
ルガジーンはこのまま時が止まってしまえば良いのにとすら思っていた。
ありきたりだが、わだかまりも霧散し、また元のように戻れれば良いと。
勿論それはガダラルも同じだった。
「昨夜は、すまなかったな」
ルガジーンが、優しく微笑んでいた。
「いや・・・俺こそ」
「何故だろうな、急に・・・言葉を欲してしまって。態度で解るのに、急にこだわってしまった」
「・・・言葉が大切なのだと、俺も気付いた」
そういう事もあるだろう。実際、ガダラルはルガジーンからの言葉にどれだけ安心させられてるか。
それがようやくわかった。口論も無駄ではなかったと思う。
テーブルに茶碗を置き、ガダラルもまた、その言葉を言うべきだと思う。
「俺も・・・だからな・・・」
「うん・・・?何だ?」
「なんでもない」
ぷい、とそっぽを向くのを、ルガジーンは何か気がついたようで
ガダラルを奪うように抱き上げ膝の上に座らせた。
「こ、こら」
「貴殿の言いたい事が解った」
「し、知らん」
恥ずかしそうに顔を背けるその頬に口付けを仕掛ける。
「ぬ・・・」
「貴殿からもしてくれぬか?」
恥ずかしい要望ではあったが、覚悟を決めると彼の頬に軽く唇を押し付けた。
「・・・その程度か」
「・・・!」
挑発に乗るように抱きしめて口付けるとバターン!という扉をノックもせずに開ける音と共に
「ガダラル、ミリたちが帰ってきたわよ。案の定お肉たくさんよ」
突然ナジュリスが現れ、ガダラルは驚いてルガジーンの膝から飛び降りた。
「あ・・・!あらら・・・!ごめんなさーい」
さすがの彼女もいきなりのラブシーンに驚いたようで、
頬を赤らめつつもほほほ、と微笑み誤魔化そうとするが
「き、貴様等は何故ノックをせんのだ!」
ガダラルには効き目が無かったようで
「ああん、だから謝ってるじゃないのー」
急いで厨房に逃げていった。
「萎えるな」
「萎えたな」
つまり、二人で厨房に立つことになった。
 

恐るべきはアトルガンのモンク将軍と白魔道士将軍か、大食漢の二人のなせる技なのか、
マムークに乗り込んで奪ってきたらしいジズの肉は恐ろしいほどの量であった。
「ガダラルぅ、ボクね、具沢山のオムレツが食べたいー」
「俺は酒と肉なら何でも良いぞ!」
ミリがガダラルの腕にしがみ付くのを好ましくないと思いつつも、
ルガジーンとナジュリスは配膳の準備を手伝う。
ザザーグがすでに呑んでいるのには誰も突っ込んだりはしなかったが。
食堂長始め、給仕娘等も恐れ多いと恐縮したのだが、今日の料理長は炎蛇将である。
今夜は五蛇将達が皆を招待する形の晩餐会となった。
「ジズの肉は厚めにスライス、筋を切るようにな。そのほうが肉に火が通りやすい。
 軽くソテーしたら煮込みに入れ・・・と、野菜は大きめに切って蒸せ
 火が通ってからソースで煮て肉と共に盛り付ける。こうすれば煮崩れせん。・・・と。
 オムレツは肉と野菜を細かく刻んで一緒に炒めてからとき卵に和えろよ、それで弱火でじっくり焼く。
 オープンオムレツでよかろう。ソースは・・・とミスラントマトでこしらえるか。にんにくはあったか?」
的確に指示するガダラルの元、若い料理人達はせっせと働く。
その様子を食堂長はニコニコと見ていた。
休暇中のため、いつもよりは少な目の人数ではあるが、それでも大所帯だ。

 

本来五蛇将は宮廷料理を食す立場ではある。
しかし、兵士と共に生きる自分達が衣食住を兵士達と
隔たるのはおかしいだろう、と現天蛇将の案によりこうして
兵士達と住居を共にすることで尚、結束が高まった。それは既に偉業の域である。
今の天蛇将は今までの将と違い、実に将の器であった。
 

「ね、がだらるー、これなにー」
いつの間にかザザーグから酒をかっぱらったのか、ミリが呂律の回らない言葉使いで攻め寄る。
大き目の桶には先ほどのゴブリンが持ってきたサンダー・ウォーターメロンが氷水に冷やされている。
あさっての方でシャヤダルが突然厨房にゴブリンが現れた時のことを思い出して、顔を青ざめさせた。
「食後に食う果物だ。旨いぞ」
「まじぃ?やったぁぁぁ」
ガッツポーズを決めつつも、また1杯煽る。
「おい。呑んだら食えんだろうが。オムレツはまだできぬぞ」
「らいじょーぶだってえ。ボクちょっと寝るもおん」
「は?何を?部屋で寝ろ!」
「やだよ、疲れてるんだからあ。誰がこの肉とってきたと思うのさあ!」
と、そのまま大ジョッキを握るザザーグの腕をのれんのように上げると、胡座の上でグーグー寝てしまった。
ザザーグは困ったような顔をしているが、娘のような存在のミリである。大人しく椅子代わりになっている。
料理人としては大人しくしてくれるのはありがたい。
「なんだ、ミリは疲れたか?」
食器を並べ終えた恋人が厨房に入ってきた。
ガダラルは大きなフライパンでミスラントマトのソースをかき混ぜる手を止め、頷く。
「ん、うまい」
杓文字についたソースを味見し、ルガジーンは大きく頷いた。
「しかし、大量だな」
「それでも足りるかどうか・・・。腹に貯まるものも作らねば。手伝え」
「力仕事ならできるぞ」
「粉を練ってもらうか」
「よし」
ルガジーンは腕まくりして気合を入れた。
ガダラルが麺台に円錐にしたセモリナ粉の中央を窪ませて、卵を割りいれて崩しながら混ぜていく。
「これを練ってくれ。まとまったら1時間ほど休ませるんだ」
「ふむ」
頷いたものの大量である。何回繰り替えせばいいのか。
と、ガダラルを見れば蒸かしたばかりのポポトイモを潰している。
「それはなんだ?」
「ポポトイモのパスタだ。ニョッキという」
「ほう」
「貴様一人に任せるのも気の毒だからな」
巨大なボウルに潰したポポトイモにサンドリア小麦粉や卵、削った岩塩を合わせて良く練り合わせる。
「おい、誰か手が開いたらロックチーズを削って粉チーズを作っておけ」
奥のほうで威勢のいい返事が聞こえた。
手馴れたもので、ガダラルのボウルの中身はあっという間に一まとめの玉が出来上がった。
「硬さはこれくらいで良いな。触ってみろ」
ルガジーンは言われたとおリにボウルの中に指を入れる。
「耳たぶ程度の柔らかさだろう」
「・・・」
無意識にガダラルの耳たぶを摘んでいた。
「・・・何をしている」
「いや、確かに耳たぶ程度だ」
感慨深く言うルガジーンだったが、遠くから見るナジュリスの目にはどう写ったか。
つい恥ずかしくてガダラルはその手を叩き落していた。
「遊んでないで早く作れ、馬鹿者」

アトルガン皇国の軍部の頂点に座する
天蛇将ルガジーン様に対して「馬鹿者」と、言ってのけるガダラル様。
さすが東部戦線で羅刹と恐れられた方は一味違う。
 

と、柱の影に隠れてガダラルを見守るシャヤダルの呟きを、ザザーグは聞き逃さなかった。
「ホレ、おめえも呑め!」
首根っこを掴んで、ひょい、と持ち上げると酒宴の席へと落ち着かせる。
「いえ、しかしガダラル様を見守るのが私の勤め、先に飲んでは・・・」
「うっさーーい、飲め、この髭!」
いきなり起きたミリがその口をこじ開け、無理やり酒を注ぎ込んだ。
「うは、ミリ様・・・ガボボボボボ」
「あはははは!きたねー髭!あはははは」
「ミリったら」
眠り上戸から笑い上戸へと変貌した、そんなミリも可愛いとため息を漏らしつつ、
飲みこぼした酒をせっせと拭くナジュリスもすっかりその席に溶け込んでいる。つまり、ガンガン飲んでいる。
「ガダラル、おつまみをちょうだい」
「自分で取りにこいッ」
「いいじゃないの、何よさっきまであんなにウジウジしてたくせに」
「何だと貴様ぁ!」
遠くの厨房から怒鳴り声が聞こえ、慌てて食堂長がナッツ類を
食料庫から大量に持ってくることで事なきを得た。
 

 

「ま、ガダラル。我々も一献」
生地を休ませる間に少し、とルガジーンに杯を勧められる。
「これは煮込む為のワインではないか」
「少しだけなら良かろう」
「まったく・・」
と、ブツブツ言いながらも口へ運ぶが、手は休めない。
オムレツの具を炒める。粗みじん切りしたジズ、オニオン、マウラのにんにく、ミザレオパセリ。
「シンプルだな」
「旨いぞ」
「楽しみだ」
「半分はトマトソースと煮込む」
「ほう、応用が利いてるな」
「色々作るのが面倒だからな」
ニヤリ、と笑う。
「バカみたいに野菜を食う女もいるからな、サラダも作らねば」
「貴殿は優しい男だな」
周りを気にしつつ、ガダラルの右に立つと、その手を左手で包んだ。互いの指輪がカチリと鳴る。
「こら・・・」
恥ずかしそうに手を離すと、先ほどのニョッキの生地を棒状に纏め上げ、一口サイズに包丁で切っていく。
「丸めるのか?」
「その後フォークで模様をつける」
「ほう」
ルガジーンも見様見真似で団子状にまるめると、ガダラルがそれを次々とフォークを当てた。
背に当て、手前に引きながら押し付けると3本線の模様が付いた。
「なるほど」
ルガジーンは感嘆してフォークを取り出した。
「任せた」
「うむ、任せろ」
どうやら楽しいらしい。
ガダラルは休ませたパスタ生地を器用に伸ばしながら笑った。
 

昼過ぎからの料理がようやく完成し、天蛇将の号令で、
食堂はいっせいにナイフとフォークが皿に当たる音と兵士達の笑い声に包まれる。
各々の大皿の上には、ジズの厚切り肉と、蒸し野菜のブラウンシチューと幅太パスタが盛られている。
「これは素晴らしい出来だな」
テーブルにいくつか置かれた大皿には茹で上げたばかりのポポトイモのニョッキ。
挽き肉入りのポモドーロソースが掛けられ、さらにたっぷりの粉チーズが盛られている。
「珍しい料理だな。ガダラル、旨いぞ!」
さらに大きな平皿には具沢山のオムレツが、とろりと半熟で湯気を立てている。
酸味のあるトマトソースが鮮やかである。
「すっごーい、おいしーーーーッ!ガダラルてんさーーい」
勿論、若い料理人達も頑張って作った野菜たっぷりのスープ、サラダもある。
「野菜の甘味が上手く引き出されてるわ。とっても美味しい」
食堂長が用意したパンもガダラルが手を加えて刻みハーブで特製のバターを作り、
適当に具を挟んでサンドを作っておいた。
食料庫の酒瓶も食堂長の計らいでいつもより余計にテーブルに並び、思いがけない宴会になった。
ガダラルも料理を堪能する。ブラウンシチューは会心の出来だった。
ジズは驚くほど柔らかく、ナイフを当てるだけですっと切れてしまうし、
ルガジーンの力で練ったパスタはコシがあり、蒸し野菜はうまみが逃げずに甘く仕上がっている。
クゾッツ直輸入?の果実も瑞々しく、ミリ始め女性兵士は何度も手を伸ばした。
各テーブルから旨い旨いと五蛇将の従者は勿論、宿舎に残っている兵士、
さらには食堂の従業員もガダラルの料理を褒め称えた。
 

腹が満たされると、酒宴へと移行するのは世の常。
食器を片付けたテーブルを食堂の壁際へ寄せると、身分関係無しの座席となった。
床に胡座をかき、皆思い思いの場所で飲むのである。
ルガジーンとザザーグの周りには特に男の兵士が多く、
彼らは将軍の熱弁を聞きのがさまいと真剣であった。
テラスの片隅にガダラルとナジュリスはともにグラスワインを傾けていた。
「・・・良かったわね」
「何がだ」
「仲直り、したんでしょう?」
チーズを摘むと、上品に口へ運ぶ。
「・・・まあ、な」
「皆に囲まれてるわね」
ナジュリスが振り返り、ルガジーンを見つける。
兵士の一人が自分の村に伝わる踊りを披露しているようだ。
酔いのせいか、足がもつれてとても踊りには見えない。
ルガジーンは笑いながら拍手をしている。
「あんな素敵な男性はそうそういないわ」
感銘深く、ナジュリスは呟いた。
「・・・俺のものだ。やらんぞ」
「・・・あら・・・!」
ガダラルは、ふっ、と鼻で笑うとナジュリスを見た。
「アナタもそんな事言えるようになったのね」
ガダラルはワインを一息で煽ると、おもむろに立ち上がった。
「・・・部屋へ行く。今度は邪魔するなよ」
その意味に気がついて、ナジュリスはにっこりと笑って手を振った。

ルガジーンの視界に入るようにガダラルは立つと、何か合図をしたようだった。
それに気がつき、ルガジーンが立ち上がる。
フォローのようにザザーグがまた、大きな声で宴会の音頭をとった。

  

料理は勿論だが、酒も大量に運んであるし、宴会上手のザザーグがいる。
二人が消えても大丈夫だろう。
ガダラルの部屋の扉を開け、灯りを点けつつルガジーンはその愛剣へ目をやった。
「さて、私は剣を置いてこよう。貴殿の部屋に預けっ放しだったな」
「ああ。そういえばそうだった」
壁にあったアルゴルを取ると、ガダラルの耳に唇を寄せた。
「すぐ戻る。今夜は思うまま愛し合おう」
すぐさま踵を返すと、ガダラルの拳が空振りをする。
ルガジーンは予想通りの彼の動きをかわすと、ははは、と笑いながら部屋へ向かった。
「くそ・・・ッ」
振り上げた拳を持て余すようにランプオイルに妖精のリンゴから
香りを移した香油を少し入れて火を灯すと、甘いさわやかな香りが部屋に広がる。
ルガジーンの影響か、なんとなく部屋の香りを気にするようになった。
本当は風呂に漬かる方が好きだが、部屋の備え付けのシャワーを浴びる。
しかし体を入念に洗っていると、これから彼に抱かれるための
儀式をしているようで何故か気恥ずかしくなった。
体の滴を乱暴に拭き、髪を擦りながら部屋に戻ると、すでに彼は戻っていた。
「私もシャワーを借りても良いかな?」
「・・・自分の部屋で使えばよいものを」
「まあ、そう言うな」
今日、初めて抱かれるわけでもないのにガダラルの心臓は何故か鼓動を速めた。
とりあえずベッドで待つ。酒は充分飲んだし、会話も料理をしながら充分した。
早く昼間の続きをしたかった。
口付けより、その先を。早く抱かれたい。

 

 

羽毛の布団を剥ぎ取られる。
「寝たふりか?」
男が、シャワーを終えクスクスと笑いながら見下ろしていた。
ガダラルは首を横に振りつつ、無言でいた。
彼の前戯は丁寧だし、とても感じる。だから、凄く好きなのだけど・・・。
今日は乱暴でも良いから、早く欲しかった。
彼の熱くたぎる塊を何度も突き入れて欲しかった。
そんな思いには気付いてるのか、ルガジーンはガダラルにまるで
身分違いの恋に憂える騎士が姫にそうするように優しく口付ける。
「ルガジーン」
「なんだ・・・?」
「早く欲しい・・・」
一瞬、ルガジーンが驚いた表情をする。
「わかった」
にっこりと微笑むと、何か思い出したようにクローゼットを開ける。
「ゴブリンから貰ったものがあった」
「・・・?」
小さな入れ物には、透明な液体がちゃぷん、と揺れていた。
「潤滑液だろうな」
「・・・いつの間に・・・」

 

 

ギシ、とルガジーンの体重でベッドが軋む。
ガダラルの寝巻きを剥ぎ取ると、前戯もせずに後孔へと唾液で濡らした指を這わす。
ビクリ、とガダラルの体が震えた。
キュポ、という音がする。恐らくゴブリンの潤滑液の蓋を開けた音だろう。
濡れた手が再び後孔に触れた。
「・・・・・あッ・・・!」
思いがけないほどの声が出ていた。
「・・・何だ・・・これは」
体が一気に熱くなる。触られた後孔は元より、ペニス自身も急激に熱を帯びた。
勝手に後孔がヒク付き、広がっていくのが解る。
中からじんわりとしたものが滲み出ているような気もする。
ルガジーンもその変化に手探りで気がついたようで、ガダラルのペニスに触れた。
すでに硬く立ち上がり、先のほうはぬめついていた。
「あ、ああっ」
「ガダラル・・・?」
「これ、おかしい・・・!」
「媚薬か、催淫剤・・・らしいな」
立ち上がったペニスを擦ってやると、ガダラルの体は大きく揺れた。
「んん・・・っ」
すぐに広がりはじめた彼の中を指で掻き乱すと、中はひどく濡れていた。
出し入れとペニスの愛撫を同時に繰り返すと、まもなく彼はルガジーンの手の中で達した。
「何だ・・・これは・・・・」
荒い息を吐き、ガダラルが訴えるようにルガジーンに抱きつく。
「ルガジーン、早く、早く来い・・・」


酷い水音が何度も繰り返される。ルガジーンが動くたび、ガダラルは声を上げた。
ガダラルに塗った潤滑液の効果か、ルガジーンの体も酷く敏感になっている。
「・・・出そうだ・・・そんなに絞めるな」
ガダラルは首を何度も振った。
歯を食いしばり、声が溢れるのを抑えようとしているが、
けれどクスリによって導かれた快楽はとどまる事を知らずに体の奥底から泉のように湧き出て溢れた。
顔に掛かる茶色の髪はしっとりと濡れ、色気を帯びている。
「・・・もう・・いく・・・!」
同時に達する。
荒く息をし、懸命に整えるが上手くいかない。ルガジーンのペニスがまた、中で質量を増していく。
ガダラルを抱き起こすとルガジーンは完全に仰向けになり、
下から彼を突き上げるとガダラルは短い声を出して悦んだ。
ルガジーンのペニスが欲しくて欲しくてたまらなかった。
中を衝き挿すその衝撃に身ぶるいする。
ガダラルのものもすでに立ちあがり、はしたなく透明な液がだらだらと流れ落ちて男の腹を濡らしていた。
「凄いな・・・」
ルガジーンの両手は細腰を抑えるように位置し、ガダラルも乗ったまま自らも腰を振った。
褐色の大きな手が白く薄い両方の胸を探る。
小さな突起はすぐに見つかり、それを撫でると同時に押し込める。
「んん・・・!」
そのままくりくりと回すように撫でつけると、それはむくむくと肥大し、立ち上がった。
優しく摘み、捏ねくる。
「あ・・・はぁ・・・ん」
ガダラルの口からため息のような声がこぼれ、
ルガジーンはさらにそれを強く引っ張ると、痛いような快楽に襲われた。
下から同時に擦り上げ、体を起こして片方だけ舐める。
歯を立てて優しく噛んでやると、ビクビクと体を振るわせた。
唇を離し、また、同時に指で弄る。
「ぁ・・・っ・・・ん・ふ」
ガダラルは感じてしまう自分に恥じらい、覆い被さるようにして口付けを求める。
ペニスで衝き続かれ、乳首を弄ばれ、口の中も犯される事に悦ぶ。
ぴちゃぴちゃと、舐めあうあられもない音が部屋中支配した。
「あ、ああ・・・あふ・・っ」
甘い、禁断の果実の香りが鼻腔をくすぐり続ける。体の熱とその香りに酔いそうだ。
「ーーーーーっ・・・!」
体中を電撃が走ったかのように一瞬の痺れを感じて再びガダラルは達してしまった。
それでも、まだ欲しいと願う。
ルガジーンのイタズラな手をベッドに押し留めると、彼の射精を導く。
じっとりと汗をかいた指と指は絡み合い、互いの指輪がカチカチと鳴り、二人は頬笑み合った。
「なんと幸福な音だろうな・・」
「ン・・ふ・・ッ」
ガダラルは体をくねらせ上下し、熱くたぎる男のペニスを出し入れする。
時おり男の口を貪った。顔と顔の間に滑る舌が絡まり、唾液を流した。
額と額をくっつけ激しく腰を揺らすと、
二人の間の濡れたガダラル自身が上下に擦られ、にちゃにちゃと音を立てた。
もう、いつもの自分では無い。
まるでけだもの。
「今日は大胆だな」
「変な物使いやが・・ッ・・ああ・・っ」
ガダラルの中で何かが弾けたような衝撃で後ろに仰け反り、髪と汗が暗闇に弧を描いた。
反動で、今度はガダラルを押し倒すが、白いシーツの上で体を色めかせてルガジーンを睨んだ。
「イク時は言え・・・」
「貴殿に見とれていた・・・乱れる姿も厭らしくていいな・・・」
もぞ、と腰を動かす。
「まだ欲しいのか?」
コクリ、と頷く。
「熱くて、おかしくなりそうだ・・・もっと・・・欲しい」
「私もだよ」
「掻きまわして・・・」


ルガジーンは自身を引き抜くと、精液まみれの彼の中を二本もの指で出し入れする。
嬌声を上げてガダラルはよがった。腰をくねらせる白い裸体は、まるで暗闇の舞姫のようだ。
ルガジーンの歯が、細い足を甘く噛む。
それすら快感ですがろうとしたその手は捕らえられると口に含まれる。
ガダラルの指を舌が這いまわった。
フェラチオを想像してガダラルはそうして欲しそうにルガジーンを見つめた。
視線が絡み合うと男はニヤリと笑い、そのペニスに手を伸ばした。
「・・・してほしいか?」
「して・・・!」
ソレは別の生き物のように既に濡れて起ち上がると、
ルガジーンの暖かな口内に喜び、打ち震える。絡まる舌、激しく上下する男の口内。
滲み出た液体も味わうようにぴちゃぴちゃと舐め取る。
わざとらしいほどの音を立て、ルガジーンはガダラルのペニスを口で愛撫する。
指も激しく出し入れするが、その手を抑えられる。
指では足りないらしい。
ペニスから滴る唾液の糸を断ち、猛った部分を再びソコにあてがう。
充分広がったソコは一気に押し入れられて、熱い楔を締め付けた。
「・・・いい・・・・っ!」
「きつい・・・な」
ガダルはルガジーンにしがみ付き、腰を打ち付けられる衝撃に耐える。
すぐにでも達してしまいそうな快楽をもっと味わいたい。短く呼吸を繰り返し、熱いため息を何度も吐く。
「ガダラル・・・!」
名を呼ぶと、ガダラルは妖艶に頬笑んでルガジーンを見上げた。
「どうだ、俺の中・・・は・・ッ」
「素晴らしいよ・・・」
ルガジーンの動きに翻弄され、快楽に攫われ悶えつづける。
「・・・たまらない」
「・・ン・・ん・・・っ」
ルガジーンの低い声がガダラルの耳の中で響いた。
両足を持ち上げ肩に担ぎ、深く出し入れをする度、その足がビクビクと揺れる。
じっとりと汗をかいた乱れた髪を直してやると、ガダラルは爪を噛んだまま少しだけ微笑んだ。
「・・・気持ちいい・・・・」
愛おしさにまた、彼の舌を奪う。
腕はルガジーンの首に絡められ、強く抱きつく。
赤く滑った舌の上で、甘く唾液が交じり合った。
「今夜の事は夢・・・。砂漠の赤い花が見た・・・今夜限りの夢だ」
そうだ、すべてあの液体のせいだ。
ゴブリンに貰ったアレのせいにしてしまおう・・・。
どんなに淫らでも今夜だけは。
ルガジーンの動きが早くなり、射精が間近と知る。
「もっと、咲け・・・っ」
「ルガジーン・・・!」
男の名を呼びつづける。
「ガダラル、愛している・・」
「俺も・・・・・・俺、も・・・っ」

 

 

 

自分の中の欲望が恐ろしかった。
クスリの力で引き出されたとしてもこんなに乱れるのは自分では無いと、
頭の片隅に冷静に自分を叱責するもう一つの声が聞こえるにも関わらず、
その声の持ち主に対してあざけるまま淫売のように男に抱かれる自分がいた。
それは黒い闇、光の中で滲み溶けるような透明な自分、
花のように咲き誇る自分、一夜限りの開花。
何度咲き乱れたか解らないほどに砂漠の花の見た夢は
本当に夢のように足がつかないようなふわふわとした心地だった。
「サボテンは一晩しか花を咲かせないそうだ」
何度ものセックスを終え、気を失うように眠りそうになった時、愛する男がそう言った。
この男もいつものように優しくとはいかず、本物のけだもののようにガダラルを愛した。
「砂漠には百年に一度しか花を咲かせぬ植物もあるらしいな。龍舌蘭という」
「ほぅ・・・」
部屋中を満たす林檎の香りはまだ健在で、むせ返るような汗の匂いの中でも、甘い香りは残っていた。
ルガジーンが窓を開けると新鮮な風にすべて攫われ、ほんの少しの潮の香りが鼻をくすぐる。
窓枠のむこうの夜空は曇っていて月は朧気にしか見えなかったのを少しだけ残念だと思う。
体を拭いた布と汚れたシーツをもってバスルームへ彼が向かったのを見届けると、
ガダラルは裸のまま起き上がった。
シャワーを浴びたい。

「寝なかったのか」
男がガダラルに気付いて振り返った。
明るい浴室で見る彼は自分の白い体が恥ずかしくなるほど、その体は逞しく歴戦の傷後すら綺麗だった。
見とれるまま返事をしないでいたが、ルガジーンが腕を引いて導いてくれ、
スポンジに石鹸をつけると洗ってくれる。
くすぐったいが、先ほどのように性的な快感は無い。
疲れているな、と自分でも思う。体を洗われてる間ぼんやりとただ、男の動きを見つめていた。
「ねむいか」
「・・・疲れた」
ルガジーンがクスリと笑う。
「もう、アレは使わないほうが良いな・・・。優しく出来る自信がない」
「・・・ん」
「ゴブリンには悪いが残りは捨てよう」
「そうだな」
「夢は一度限りでいい」
自分もそう思う。
冷静な自分が、淫乱に振舞う自分を軽蔑しているようにも思ったから。
熱いシャワーが泡を流していく。愛の余韻を包みながら・・・それは汗とかそういうものだと思うが、
そういったものが一瞬で流れていってしまうのは少し切ない気がする。
流れ行く泡を見ながら、そんな意味の無いことを考えるほど自分が人間味を帯びていることに気付いた。
昔は沢山の人を戦場で焼き払ったというのに。
とめどなく溢れる魔力で、鬼神の名を欲しいままにしていたというのに。

 

お前が俺を変えていく。

呟きはシャワーの音にかき消され、男には届かなかった。