古い傷





寝返りを打った男の背中が露になった。
月明かりの中、かすかな呼吸でさえ、逞しくついた筋肉の躍動が見てとれた。

男は戦場に慣れ、ほんの些細な刺激でさえはっきりと覚醒する事が出来る。
それはガダラルが酷く長いはずの呪文の詠唱を
一文字たりとも間違わず、
なおかつ誰にも真似できない程の
速さで唱えきるのに似ている、戦場の特技。

その男がしっかりと、今深い眠りに就いているのである。
多分それは、ガダラルを信じ、愛し、ようやく得た安らぎ。
だから、この男が自分の前だけで緊張を解き、自然のまま、
ありのままの姿で接してくれることは切ないほどに嬉しい。
ともに場所は違えど戦火を潜ってきた。
そして、ガダラルもまた、この男に少し
依存していることを、何故か喜ばしくも思っていた。

男の寝言が、聞こえた。
それは自分が、この男を想いすぎて
そう聞こえてしまったのではないか・・・と思うほどの呟きだった。
男は確かに言った。「ガダラル」と。
「うん・・・?」
聞こえてなど無い。寝言なのだ。
けれど、穏やかに返事を返す。
勿論何も言葉は無く、ガダラルは優しくこの男の広い背に縋った。

少し、皮膚が盛り上がった深い傷が、そこにあった。
多分体は防衛の為、そこだけしっかりと厚く皮膚を継ぎ足したに違いなかった。

抱かれているとき、体を痺れさせるほどの快楽のなか、この傷に爪を立ててしまったことがあった。
けれど、ルガジーンは「そこはもう、何も感じないのだ」とだけ、言った。

そっと、白魚のような細い指でそれを撫でる。
固く、弾力のある古傷。
いつ、付けられたのだろう。
背後から、卑劣な、とは思わない。
戦場では騎士道など、無くて当然のこと。

けれど、俺ならば。
その背を守ってやれるのに。

ガダラルは過去の彼の孤独な戦いを一人思い、頬を摺り寄せた。