初めての恋 ・視線・





彼は夢を見る。
眠りの浅い彼は、頻繁に夢を見る。

 

それは過去の夢、悪夢、ただ、光を追って暗闇の中の道を歩むだけの夢。
しかし、その道も酷く歩き難い。ゴツゴツしたその道は、
良く目を凝らしてみれば無数のドクロで繋げられた道だと解るだろう。
今まで彼が殺してきた敵なのか。
それが何度も見る夢だと解っているから、彼は驚きもしない。しかし、毒吐く。
しかし、起きてみると自分がなんと言ったのかは覚えてなどいなかった。

ただ、その道を歩く。
不意に肩を叩かれる。これも毎回同じ事だった。
ちらりと目を方に向ければ、そこには手がある。
それは腐臭を放つ死体の手であったり、黒い皮膚に裂傷を幾つかつけたままの手であったり、
蝋細工で作られたようなやけに艶やかな皮膚の手であったり
、焼け焦げて黒炭と化した無残な状態の手であったりと、実に様々。
それらの共通点はただ二つ、すでに死んだ物の手であり、腕の切れ端であるという事と、
かつて彼に断たれた命であったという事。彼は死してなお、自分に執着を示すような、
そんな浅ましい手の感触にも姿にも恐れず、それらを振り払い、また道を行く。
ただ、無言で、笑いもせずに歩く。
それが多分、彼の修羅道。

もしも、彼がもう一度振り返り、今まで歩いてきた道を目を凝らしてみれば、
そこにはドクロのほかに腕も散らばっている事だろう。
しかし、彼は見ない。
後ろを振りかえって何があるというのだ、と言わんばかりに、彼は後ろを振り返りはしない。
前だけを。
一条の光だけを見据えてただ、歩く。

 

 

「初の役職、という事で」
その偉丈夫は穏やかな、けれど良く響く声でそう切り出した。

アトルガン皇国の「魔笛」ならびに市街地の守護を目的とした
急場しのぎのようにして作られた部隊には、いまだたった二人の将軍と、彼等の部下しかいなかった。
街に迷い込んでいた聖皇を守護した褒美にと、その役職とアルゴルを与えられた天蛇将ルガジーンは、
もう一人の蛇将である、炎蛇将ガダラルにアルザビと白門の地図を広げて見せる。
たった二人しかいない蛇将の詰め所。これでも一応は会議中である。
「私も正直、どうして良いのか良くは解らん。
 ただ、今までのようにアルザビの守護を・・・と、貴殿は東の出か・・・」
「いい、構わず続けろ」
ガダラルは東部戦線にて敵の策略にはまり、自分の小隊を叩きのめされていた。
自分を信じた者達の末路が全滅では、あまりに酷過ぎるし、
将来部下殺しの汚名を本国で語り継がれるという不名誉も考えられた。
彼は、だから、責任を感じたか?と、聞かれれば、彼は首を横に振るだろうが、
彼は部下を逃がし自分は足止めのために敵を待ち伏せた。
追って来た刺客は思ったより弱かったが、そこでこの男に出会ったのである。敵かと思った。
流暢にアトルガンの言葉を話すが、見慣れない軍装をしていた
───彼は東部が長かった為、本国の軍装をすべては把握してはいなかった───。
だから、最初は敵だと思ったのだ。ファイガで敵兵のヤグードを燃やし、興奮状態に陥っていたのだろう。
ルガジーンの制止の言葉も疑心し、斬りかかっていた。
あの時の事は鮮明に思い出す。
──私は味方だ。
──敵は皆、そう言うんだよ。
つい、最近の事だったが、多分あの時のことは生涯忘れないと思う。

「アルザビを・・・・・・いや、正しくは魔笛、だが・・・。それを狙うのは三蛮族で」
「知っている。アラパゴの蛇どもと、マムージャのトカゲと、ハルブーンのトロール共だな」
「うむ、その蛮族が徐々に力をつけ始め、ついにこの街をも襲撃するほどに成長した」
「そいつらが街を襲う条件などは解るか?」
ルガジーンはガダラルの質問に対し、顎を摘む仕草を見せた。
その上で、「ハッキリとは言い切れぬが」と、前置きし、
「いや・・・私が思うに、一定の兵力が蓄えられれば、といった感じか
 ・・・つまるところ定期的に来る、という気もするな」
と、眉を寄せた。
「監視を送り込んだらどうだ?まぁ、スパイ、というやつか」
「ふむ。ただでさえ少ない部下をやるわけにはいかんな
 ・・・不滅隊で何とかしてもらえれば。宰相殿に掛け合ってみよう」
ルガジーンはぬるくなったコーヒーに手をつけ、アルザビの地図を見入る同僚に目を移した。
初めて会ったのは衝撃だった。あの時の彼は鬼のように戦いを好む形相をしていたが、今はどうだ。
眉間に皺が寄り、気難しい印象はあるが、それでもあの時よりは大分穏やかになっている。
東部での戦いの熾烈さと、この街の平和を象徴するような表情の変化である。
この街が蛮族に襲われる、とはいっても、襲撃の間隔は長かったし、
皇国兵だけで追い返すことができるほど、相手はまだ弱かった。
ただ、蛮族が今よりもっと力をつけたら、と思うとこんな風にのんびりとは構えていられないだろう。
目の前の若い将軍が、どれほど東部で名を挙げたからといっても、市街戦の初陣は期待できない。
ここはあくまで街。人間が住んでいるのである。魔笛はもとより、
個人の命の方が尊重される場合も出るだろう。
彼の魔法は、他人すら巻き込む。
そんな危険もあるはず・・・・・・。
「覚えた」
「ん?」
ガダラルが地図から目を離し、言葉を発すると、すぐに自分を見詰める視線に気がつき
「俺を見てんじゃねェ。クソが」
悪態を吐く。ルガジーンは仮にも彼の上官である。
そのあまりな物言いに一旦は驚き、
眉を釣り上げたのだが、深呼吸してから気持ちを落ち着かせる。
「・・・・・・感心しない言葉だな」
腸が煮え繰り返るのを我慢し、ようやく声を絞り出した。
「は・・・っ!処罰でもなんでもしやがれ」

彼を蛇将に迎え入れてから、ずっと思ってはいた。態度と口の悪さ。心の荒み具合。
東部とはそれほどに過酷な戦場なのだろうか。
上官に対する口の聞き方もわからなくなる程に。
「・・・・・・私は処罰などしない。なにせ人手が足りぬからな」
ルガジーンは白い歯を見せ、笑った。
正直、拍子抜けをさせられたのはガダラルのほうである。
そして同時に思う。この街の兵士は平和ボケしていて、皆腑抜けなのだ、と。
「で、何を覚えた、のかな?」
寛大な振りをして、けれど腹の底では何を考えているか解らない。目の前の直属の上司を見、
「アルザビと白門の地図、だ」
そう言ってのけると、目の前のエルヴァーンは大袈裟に目を丸くした。
「まさか。いい加減な事を申すな。地図ではわかりにくいが、二段構造になっているのだぞ?」
「んな事は、見りゃぁ解るだろう。・・・・・・信じられぬのなら、街を案内してやろうか?」
それは勿論ガダラルの挑発であるが、ルガジーンは嬉々として乗ることにし。
「面白い」
と言い、ガダラルの背を軽く叩いていた。
「貴殿の口から出任せが出たのであれば、今夜の食事は奢って貰うからな?」
「ハン。てめェが舌を巻けば、奢れよ」

 

おかしなことになったな、とガダラルは心のなかで呟いた。
何故平服に着換え、こうして男二人で街を歩かねばならないのか。
ガダラルは手ぶらであるが、ルガジーンはしっかりと地図を持っていた。
ひょっとしたら先ほどの暴言の仕返しなのかもしれない。
もし、ガダラルが地図の通りに案内できなかったら、
それを笑ってやろうとしてるのかもしれない。
勿論ルガジーンはそんな小さな男ではないのだが。
アルザビを抜け、白門の街中にまで足を伸ばし、ガダラルは人差し指を宙に挙げた。
「で、この先が茶屋、だったな」
「素晴らしい」
休憩時間を利用して、良くコーヒーを飲みに同僚と通った茶屋である。
勿論この街で育ったルガジーンは地図など必要は無いが、
そこに書かれている店や、施設にはしっかりと赤い丸が余す所無く付けられていた。
ガダラルの覚えの良さと記憶の良さを見せ付けられ、ただ一言褒めるしか出来なかった。
悔しくはない。有能な部下を得て、誇らしく思っている。
当の本人は相変わらず無表情で、腹の底は何を思っているかルガジーンには読めない。
けれど、褒められている。悪い気はしない筈だろうと勝手に思うことにした。
「良し、奢ろう」
ガダラルの手を取って、ズカズカと歩いていく。
後ろから静止の声が聞こえたが、気にせず手に力を込めた。
本当は、ささやかな仕返しがその手に込められていたのかもしれない。
また、後ろから「痛てェ!」とか「離しやがれ!」とか、乱暴な声が聞こえたが
聞こえない振りをし、足の長さを利用してさっさと歩く。
茶屋に着いたときは既に、ガダラルは肩で息をしていた。
どっかりと席について胡座をかくと
「もうばてたか」
嬉しそうに言うルガジーンが憎らしい。
「畜生、俺は魔道士だ・・・ッ!貴様等みたいな筋肉と一緒にするんじゃねェ・・・」
「ハハハ」
何が可笑しい、と顔を上げると同時に、目の前の男の眼を見て、固まっていた。
それは、その相貌は、屋外だからこそ解る、見事なまでの金色の目であった。
見とれていた。
「私の顔に何かついているかな?」
そう言われるまで、呆けるようにその目に心奪われていた。
「・・・・・・鼻と口と目」
運ばれてきた冷やしチャイで口の渇きを潤す。
何故だろう。
心臓の鼓動が、止まない。
「貴殿、なかなか面白いな」
きょとんと言うルガジーンと、チャイが空っぽになったのはほぼ同時だった。

今まで醜いものばかりを見てきた。
戦い、裏切り、欲、死体。
自分。

腹が減ったな、と呟いたルガジーンは馴染みの女性店員に
適当な料理を作らせ、それをガダラルに振舞った。
ここの食事は安いし、旨い。給料が残り僅かになると、
こうして有り合わせで何か作ってもらったものだ──。
そう言いながら、何かの肉の串焼きに齧り付き、安物の酒を煽った。
すでに夜の帳が下りる時間ではあったし、アルザビと白門とを歩き回ったおかげで腹は空いていた。
ガダラルも遠慮せず酒を舐め、パンを齧った。パンも値段に応じて上等な物ではない。
しかし、ガダラルには今まで食べたパンの中でも、とりわけ美味に思えた。
カラクールの羊乳で作ったバターはブラックペッパーが
刻まれているのか風味もよく、塩気も丁度良かった。
「シャヤダルが」
炎蛇将の名を戴いてから側近になったばかりの
髭のヒュームの名を、ルガジーンは急に思いついたように告げていた。
「貴殿の食が細い、と言うのでな」
ニヤリ、と笑う。
ひょっとしたら、ガダラルはルガジーンの策に嵌められたのかもしれない。
地図を覚えたことを信じない、と煽り、充分に歩かせて、最後に手を掴んで走り。
腹を減らせて食事を・・・・・・人並みのヒューム男性が食べるくらいの量を摂らせようと。
嵌められたのは俺のほうか。
しかし何故か悪い気はしなかった。
ガダラルもまた、口角を上げていた。

美しい物はなんだろう。
整備された街、広がる青空。
金色の目。

ほろ酔いの気分のまま、部屋に送られ、着替えもせずにベッドに突っ伏していた。
酒は好きではない。ほんの少し飲んだだけだ。
東部にいた頃は、酒は無理にでも飲まねばいけないものだった。
特に冬はその気温の低さからアルコールは必需品だったし、
けれど、軍支給で体温調節が目的、となれば旨い不味いは別の話になる。
純度の高いそれを無理に飲み、なんとか凍死だけを避ける。
ルガジーンがおごってくれた酒は、確かに茶屋に見合った安物だったかもしれない。
けれど、何故か初めて酒を旨いと感じる事が出来た。
自室のベッドはふかふかで暖かく、シーツは毎日糊がかけられた状態で換えられていた。
東部に比べたら全てが優遇され、その差は天と地程の差がある。

狭いテントで、地ベたから伝わる冷気に凍えて過ごす夜を思い出す。
敷き布団も薄っぺらく、テントで凍死する仲間もいた。
ありったけの防寒服を被り、部隊の狩人が仕留めた
獣の皮を被って寝ていたし、暖め合う事を理由に何度も同僚に抱かれた。
冬は敵も士気が下がるから、半ば冷戦状態になるが、雪と氷の深さゆえに
本国からの支援物資も滞りがちになる。狩人の獲って来た獣、時には海獣は重要な食料になった。
分厚い脂肪は燃料にもなったし、骨や角は狩人達の使う鏃になった。
冬は本国からの物資が届かず、野菜が不足する為にミネラルやビタミンなどの栄養は獣肉で摂った。
勿論、栄養が壊れないように生で食う。獣臭さと膏と筋張ったどうしようもなく不味い肉は、
飲み込んでも悪夢のように口の中にべとついていた。
獣の血すら飲んだ。それは特に栄養が豊富で、酒と割って無理に飲むのである。
慣れなかった。最後まで慣れることはなかったあの味。
それでも頭を顎を抑えられ、生きるためだと諭されては飲む。
こんな不味い物を飲むのなら死んだ方がましだ、と何度も当てつけのように狩人達に毒づいた。
一人、親友とも言えるエルヴァーンの狩人は「死んだら本国に戻れないんだよ」と、
呟き、死ぬ事を想像するのは辞めにした。
親友は本国に好きな人がいるから、生きて帰るんだ、と笑っていたからだ。
その次の夏、開戦と同時に彼は死に、身寄りのない兵士であった
親友の死体は黒魔道士であるガダラルが焼いた。
あの時以来、泣いてはいない。
体を無理に開かれ続けようと、親友の死、以降は。
ガダラルは泣いてはいない。

親友を思い出すなんて、本当は夢でも見ていたのだろうか?
うっすらと瞼を開けると、グラスに水を入れたまま立ち尽くしているルガジーンがいた。
「・・・・・・酔った男が珍しいか」
「いや?」
グラスを差し出され、身を起こすと、男は背中に手を添えてくれていた。
その手は大きく、暖かく、ガダラルの心を無防備にさせた。

ガダラルの体は、充分に男の味を知っている。
彼が望もうが拒もうが、男たちは彼の体を奪い続け、痛みも、良さも今まで散々味あわされてきた。
こんな風に柔らかく酔っているうちは、それを理由に快楽を求めても
・・・・・・言い訳ができるような気がしていた。
もしも、このままこの男に抱かれ、一時の肌の暖かさを得て、
安らかに眠れたらそれはそれで幸せな気がしている。
次の日にいつも通りの表情で「遊びだった」と言えば、それで済みそうなものだ。
ゴクリと水を嚥下し、グラスを男に渡す際にわざと浅黒い手に触れてやるが、
それを気にも止めずに受け取ると、すぐにルガジーンは立ち上がっていた。
テーブルにコトリ、と音を立てて置く。
「また、明日」
そのまま部屋を出る後姿には何の感慨も感じられなかった。
あの男は多分、ヘテロなのだろうな。
そんな事をぼんやりと思うまま、再び枕に頭を押し付けて、泥のように眠った。

 

夜が明け、詰め所に向かうとすでにルガジーンは
デスクに就いて、忙しそうにペンを走らせていた。
「ああ、おはよう」
ドアの音に気がつき、ガダラルの姿を確認したが、
またその目を書き物に移すと、昨日見たはずのあの目の色が、
まるで自分の気のせいではなかったのかとも思えてくる。
こうして屋内で見る男は、確かに昨日の男ではある。
あるはずなのに、まるで別人のように感じた。
その目を、こちらに向かせる事ができれば、きっとこんな迷いは無くなるのだろう。
その目を見れば、この思いも落ち着くのだろうか。なんとも言い難い思いが、ガダラルの心を締め付けた。
こんな風に迷うなら、昨夜誘ってしまえば良かった。
自分の見目の良さは解っている。
「昨日の貴殿の案だが」
ルガジーンは相変わらずこちらを見ないまま、机に向かって話をしだした。
「先ほど宰相殿に掛け合ってきた。蛮族の拠点近くに不滅隊を配置してくれる事になった」
「・・・・・・そうか」
「これで、敵の勢力が逐一報告される事となる」
ガダラルは無言で自分の席に就き、そこで机上の書類に目を通した。
「演習?」
「うむ」
「急な話だな」
「この部隊自体が急に作られたからな」
「それにしたって」
「まぁ、シミュレーションだと思って。場所は軍用広場があるからそこで。
 東部から就いてきた貴殿らの部下とも顔あわせをせねばいかんしな」
敵の策にはまり、それでも生き残った彼等は無事に
このアルザビへと逃げ、今は寄宿舎で部屋を与えられ、怪我を癒している。
将軍自らが残り、敵を足止めした事で生き残った彼等は帰還中の怪我などは殆どない。
けれど、人の心には目に見えない怪我がいつしか生まれる。
戦争など二度と御免だ、と泣く兵士も中にはいた。
せっかく本国に戻ったのに、ここでも戦争が起きているなど、と。
ガダラルは無理に彼等を動かさなかった。
本国に戻ったのをいい事に、逃げ出して家族の元に返るものも居た。
無理には追わなかった。戦意を喪失した者など役には立たないことを良く知っている。
いつか、戻ってくれば迎える気持ちではいるからだ。
ただ、それほどに東部は過酷な場所だった。
寄宿舎に残り怪我も軽い者達は、勿論今までと同じように
ガダラルの部下としてその演習場に集まっていた。
彼等はガダラルが自分達を庇い続けてくれた事に感謝をし、忠誠を誓っている。
彼等の中には女性もいた。取り分け目を引いたのは、ヒュームの美しい娘だった。
ルガジーンは彼女を見ると、ごく普通に「大変な目に合ったのだろう」と、思っていた。
それは決して彼が下品な思考をしているのではなく、
ごく普通に女性は慰み者にされる事が多いのが、戦場の常だからだ。
軍に従じる娼婦も、他国の金欲しさに身を売りに来る現地の娼婦も居るだろう。
ただ、それは数が少なすぎるし、冬などは特に凍死を恐れてまで身を売りに来る女性は少なかった。
現地の娼婦達はしたたかだ。越冬のために金を稼ぎに兵士達に己を与える。

こんな事があった。
本国から視察に来た一人の将軍が、ガダラルの小隊のヒュームの娘を見初めたのである。
まだ若い娘は士官学校を出たばかりで、体つきも腰に肉が乗っておらず、まるで少女のようであった。
本国から来た物の中には、この田舎での楽しみを見つけようと、
権力を傘にこうして若い娘を無理に抱くのである。
勿論、娘はそのような事は知らされていなかったし、その「命令」は己の所属する
部隊の隊長───そのときの隊長はガダラルであった───から、命令を下されるのだった。
悪い慣習、である。娘の体を奪い、それを娯楽とし、本国への土産話へと
・・・・・・いうなれば武勇伝ともいうように嘯くのが彼等であった。
東部に居る司令部の連中はそうして若い娘を差しだし、速く本国へ戻れるようにと、賄賂にする。
そして、ガダラルへの命令として、娘の美しさに目を奪われた上官からとある夜に、
彼女を差し出すようにと命令が下ったのである。
彼女は覚悟を決め、身を清めた。しかし、その夜になって、ガダラルは彼女への命令は取り下げた。
「話をつけてくる」と、一言言い、自分の小隊のテントから分厚い外套を着込み、雪と氷に覆われたキャンプ地を総司令部のひときわ豪華なそこを目指して歩く後姿を、彼女は泣いて止めて、縋った。
「私が行きますから、ガダラル様、ガダラル様。お辞めください。
 私は女です、こうなることも覚悟の上で東部に来たのです」
「あんな下衆に、お前をやったりはしない」
ガダラルは娘を見、その後ろで凍えるように体を震わすタルタルの青年に声を掛けた。
「スタンか、スリプルを」
どう、説得をしたのか、どうやって話をつけたのか、当時の娘は解らなかったが、
その夜以降、何度も彼は呼び出されたし、たまに見える首筋に
赤い痣がいくつも付けられているのを見つけてしまい、
娘は彼が自分の代わりに抱かれ続けているのだと理解をする。
彼女は何度も彼に救われて来たのだと、思う。

 

「皆、いい面構えだな」
演習場で対面を果たすと、ルガジーンは傍らのガダラルに声を掛けた。
「さすが、東部を生きて戻ってきただけはある」
「俺の宝たちだ。よく、ついて着てくれたと思う」
本心から出たその言葉は、何も飾る必要などないほど、
美しく、ルガジーンの心を打ち、ガダラルを真摯に見詰めていた。
その視線に気付き、けれど昨日のように見られていることに怒りはしなかった。
ガダラルもまた、その視線を欲しがっていたからだと、解っていたから。
「目は、青いのだな」
「今頃気付いたか。ボケが」
「口が悪い」
「今頃気付いたわけではあるまい?」
「そうだな」
ルガジーンの口元が歪む。
「ふん」
ガダラルの口元も、また。

二人は何となく、いい友人にようやく会えたのだ、と思っていた。