はじめての恋・きざし・





連れてこられたのは、宰相が所有する邸宅のうちの、もっとも質素な館だった。
彼等は用心のために、いくつかの邸宅を持ち、毎日違う寝床を得る。
勿論これは暗殺などを想定してのことだった。
大国の要人が一箇所で毎日眠るなど、危険な行為なのである。質素、とはいえ宰相ほどの身分。
大きな窓ガラスや壁に使われている大理石は間違いなく高価な物だったし、権力の象徴にも思えた。
その館の奥にあるバスルームの扉の前には数名の侍女が大人しく座り込み、
憮然とした表情を作っている。
今夜の宰相の相手でもある人物に湯浴みの手伝いを拒否され、
仕方無しにこうして客の湯上りを待っているのである。
湯の流れる音と、中から聞える二人の会話に興味が無いわけでもないが、
彼女達はただじっと、そうして待機をしていた。

何度もゴシゴシと力を入れて腕を洗う。
彼の白い肌はほんのり赤みがさし、常よりも健康的に見えた。
ふと手を止めて天井を見上げれば、贅沢にも天窓があり、そこから嫌というほど
光が差し込んで、広すぎる浴場をくまなく照らしている。
「もっと嫌がるかと思ってたのに」
裸の彼とは対照的に、不滅隊員の若者はしっかりと青魔道士の衣装を身に纏っていた。
この湿度の高い浴場で、顔を半分もヴェールで隠している。
息苦しくは無いのか聞いてみようとも思ったが、
所詮は他人である。会話など煩わしい。
「つまんないの」
何が、つまらないのか。
ガダラルは腕を磨く手を止め、不滅隊員をじっと睨んだ。
「・・・怖いなあ」
本気でそう思っている訳ではないだろうが、若者は眉をひそめた。
「命令なのだろう」
「そうですけど・・・・・・」

諦める事は苦手ではない。
嫌だけれど、諦めてしまえば期待もしないで我慢をしていれば、嫌な事はそのうち終わる。
東部で散々教えられてきた事だ。
どうせ、同じだ。宰相も今までの男たちと何ら変わること無く、
ガダラルを押さえつけ、肌の白さや顔の美しさを褒め、挿入して果てるまで腰を振る。
どんなに身分が高かろうと、国のブレーンだと持てはやされていようと、やる事は結局猿と同じ。
ならば変に抵抗などせず時間が過ぎるのを待てばいい。
早く済ませて部屋に戻って祝詞を書きたかったし、
明日はルガジーンの同伴でゼオルムへと行く手筈になっている。
余計な事をして体力を消耗させるのは避けたかった。
ザ、と一気に手桶の湯をかぶり、体中に纏わりついていた泡を一度に流す。
艶やかな髪は光の中で輝き、白い裸体は黒魔道士とは思えないほど
無駄な脂肪もなく、きちんと筋肉がついていた。
思わず不滅隊の若者も、肢体を眺めていた。
「綺麗な体ですね」
「見てんじゃねェ」
若者の差し出したタオルを引っ手繰るように奪うと、体を流れる滴を吸わせる。
綺麗、だと?
そんな言葉は女にでも言ってやればいい。
どんなに外見を褒められようと、ただそれは嫌悪でしかなかった。
こうして女の代用品に欲望の対象にされようとガダラルは男である事に誇りを持っている。
ならば、どのような窮地でも男らしく振舞いたい。
男娼ではないのだ。

不滅隊の若者が浴場から顔を出すと、待機していた侍女たちがガダラルの着換えを手伝った。
下着や大まかな衣装は自分で何とかできたが、宝石類・・・アクセサリーは
手の届かない場所もあり、結局は女達の手を借りることとなった。
セックスをする為にに呼ばれたのにもかかわらず、着飾る意味などあるのだろうか?
おかしな話、タオル一枚で寝室まで行けば事は済むだろうに。
東部の連中は欲望に忠実で解りやすかった。
上層の人間というのはこうもまどろっこしく順序を決めて男を抱くのだろうか。
姿見で自分の姿を改め、あまりの酷さに笑いがこみ上げてきた。
「何だ、この格好は」
「アトルガン絹布で出来た特別あつらえの衣装ですよ」
「まるで醜くなった自分を隠す年増女のようだな。この宝石類、ジャラジャラと気持ちが悪い」
「宰相様は薄汚れた野良犬は抱きません。・・・お言葉を慎みなさいますよう」
「・・・ハン。その野良犬に餌を与えて飼い主気取りか。笑えんな」
「炎蛇将さま、僕は貴方が嫌いではありません。どうか、宰相様への暴言はお慎みください」
野良犬?そんな可愛らしい物ではない。
彼は狂犬だ。言葉を知らない、いぬ。

部屋に通されると、まず水と薬を渡された。
「なんだ、これは」
「媚薬です。呑んでください」
「・・・チ・・・ッ」
「乱れてしまってもコレを言い訳に出来るでしょう?」
若者は上目使いでじっとこちらを見据えている。
「命令か、これも」
「そうです。命令です」
腹立たしげにそれを受け取ると一気に飲み干す。
「潔いこと」
「どうせやることは同じだ」
「そうですね。さ、行きましょう。宰相様がお待ちです」

 

長い廊下を歩き、ガダラルの心は酷く冷静になっていた。
寝室に入るとすっかり軽装になった宰相ラズファードが、
自分を品定めのようにじっとりと見つめてくる視線にもたじろぐ事は無かった。
ソファに寛ぐ彼は優雅に足を組み、ワインの注がれたグラスを傾ける。
ガダラルもまた席と同じく酒を勧められ、一口飲んではみたものの、
あの日ルガジーンに飲ませてもらった茶屋でのそれより、不味く感じていた。
今グラスの中でゆっくりとたゆるこのワインの方がはるかに上質だろうに。
じっとグラスの中をみつめていると、その脇からすぐに不滅隊の若者に継ぎ足しをされていた。
「明日」
沈黙を破ったのはラズファードであった。
こんなにも艶やかな声は初めて聞いた気がする。
「ゼオルムへ行くのか」
ガダラルはゆっくりと頷く。
昼間、広場でルガジーンが話したのだろう。
「・・・誰とだ?」
その質問に訳が解らなくなる。
「天蛇将と・・・お聞きになったものとばかり」
「・・・・・・」
柳眉が、寄せられた。ほんの些細なラズファードの表情変化をガダラルは見逃さなかった。
まさか、この男は・・・・・・。
昼間感じた違和感とは、つまり。
「まさか、あの男を好いてらっしゃるのですか・・・?」
言葉が過ぎたかと思う。しかし、無作法にもその言葉が出てしまっていた。
表情を変えずにラズファードは立ち上がると、ガダラルのすぐ側に膝をつき、
指にはめられていた指輪を一つづつ丁寧に抜いていった。
ことり、と小さな音を立ててテーブルに置かれていく丁寧な作業を飽きもせずに繰り返し、
また、ガダラルもその細い指の動きから目を離せずにいた。
指輪を全て抜き取ると、ラズファードは口元に柔らかな微笑すら浮かべ、
ガダラルを抱きしめるかのように首の裏に手を回してネックレスの留め金を外した。
短い黒髪に何か香でもつけているのか、清涼な香りが鼻をくすぐる。
また、それをテーブルの上に置くと、小さな耳朶を挟むイヤリングをゆっくりと奪う。

あまりにも丁寧な扱いに、ガダラルは戸惑う。
装飾品を外すと、ラズファードはガダラルの白い手を取り、その甲をそっと撫でた。
若く見目の良い男にそうされて、不思議と嫌悪感は沸かずに。
手が、気に入ったのだろうか。
指をつまみ、根元から先へとくすぐる。
その感覚にガダラルは少しだけ身を捩っていた。
微かな愛撫に、体は反応していた。
「効いてきたか・・・・・・」
妖艶に微笑むと、ラズファードはガダラルを立ち上がらせて、手を引いてベッドへと導いた。
もう一人に背を支えられているのは解る。足元が、おぼつかない。
体が、あつい。

まるで流行りの風邪にでもかかったかのように熱い息が漏れる。
ベッドの上で仰向けにされたまま、ガダラルは何度も溜息を漏らし、
なんとかこの沸き起こる性欲を逃がそうと画策するものの、
結局は熱はどんどん体の奥底から沸き起こり、自分ではどうすることも出来ずにいた。
腕を、拘束されていたのである。何かの布で緩く縛り上げられ、ベッドに括りつけられたまま、
自慰すらも許されない状況でただ熱だけが体に溜まっていく。
なのに、ラズファードはただその姿を見下ろしているだけだった。
その舐るように見る視線にも興奮していた。
ひたり、とガダラルの頬に触れる冷たい手があった。
見慣れない顔立ちの若者・・・先程までいた不滅隊員であると気がついたのは、
そのあどけなく優しい目のおかげだろうか。ガダラルよりさらに若いであろう彼はにっこりと微笑む。
「手ほどきをさせて頂きますね」
「リシュフィー」
「はい」
「大事に扱ってやれ」
「はい」
二人の会話を、ぼんやりと聞く。
どうでもいい、早くはじめてくれ・・・・・・。

折角纏った衣装をゆっくりと脱がされる事のもどかしさは今まで味わった事の無いほどに強く感じた。
言葉にすることは出来ないが、それを言ってしまうのは恥かしいし、
プライドが邪魔して言うことは出来なかったが、中が疼く。
指でも、異物でも、性器でも何でもいいから、この二人のうちどちらの物でも良いから中に欲しくなる。
それを言いそうになって唇をぎゅっと噛み締めて、リシュフィーの手の動きを心待ちにしていた。
衣装の上から二つの突起を探り当てられ、きゅ、と摘まれ、そのまま擦り上げられる。
あまりの快楽に首を振るが、リシュフィーの指は離れてはくれなかった。
今まで以上に強く擦られ、衣装をはだけられ、しっかりと立ち上がった二つのそれを
しっかりと見せ付けられて、すぐに目を反らす。
わざとらしくも舌を出して、にこりと笑うと、
指ではなく赤いぬらつきがそこを攻め立てた。
「・・・・・っ・・・・」
「声を出せ、炎蛇将」
傍観を決め込んでいた風情のラズファードが命令をする。
「・・・ン・・・・なこと・・・」
「声を聞かせてみろ。・・・・・・リシュフィー」
「はい」
返事と同時に、下半身に手を掛け、一気に衣装は勿論下着も脱がされていた。
「・・・ぁ・・・!!」
ガダラルの男の部分は緩く起ち上がっていた。
ラズファードは笑うと、リシュフィーに合図をする。
彼は身をかがめるとその部分をすぐに咥えた。
「・・・ひ・・・ん・・・ッ」
突然の愛撫に短く甲高い声が漏れて、慌ててガダラルは唇を噛んだ。
リシュフィーの舌や、唇や、時おり当たる甘噛みのような歯は
巧みで、熱の篭っていたそこには酷く刺激が強かった。
声が漏れる。
首を振り、顎を引いては耐える姿を、ラズファードは薄く笑って見つめている。
「あの男にされていると思っているのか?」
あの男とは、誰だろう・・・・・・。その言葉で頭がクリアになる。
ガダラルは今まで自分を慰み者にしてきた男たちの顔など殆ど覚えてはいない。名前だってそうだ。
ラズファードは突然、何をもってこのような事を言い出すのだろうか、ガダラルには理解が出来ない。
見上げたそこには皮肉げに口角を釣り上げる男がいた。
意味が解らなかった。今まで好意を寄せる男など居なかったから。

 

思考は一瞬でこの行為によって邪魔をされる。
リシュフィーがひときわ強く性器を吸いあげ、ガダラルは短く声を漏らし、果てていた。
精液を促すようにしてリシュフィーの指が性器を根元から扱き、恥かしいほどの量をその口に放っていた。
若者は微笑むと、口の中身をガダラルの頬にゆっくりと掛けていた。
自分で吐き出したそれは白い粘度を持ち、糸を垂らすように垂れていく。青臭いのが自分でも解る。
「にっがい」
は、と。思う間もなく唇を奪われ、苦味のある舌で口内を蹂躙されていた。
気持ちが悪かった。
キスはナメクジを連想させて、嫌悪感ばかりが沸く。
ガダラルは精一杯の抵抗をし、しかしリシュフィーは意外にも解放をしてくれていた。
「キスはお嫌い?」
「下衆が」
ガダラルの悪態にリシュフィーは無表情に笑っっていた。
「将軍様、可愛くない」
無理に顎を掴まれ、再び唇を塞がれる。
舌を舐められ、そのざらつきのせいで体の芯から震え上がり、無抵抗のまま唾液を溢していた。
「お前がヘタなのだろう」
ラズファードは含んだ笑いをリシュフィーに投げかけると、
「意地悪」
ガダラルを解放して、頬を膨らませた。
ラズファードは何か入った小瓶をリシュフィーに無言で渡すと、
どっかりとソファーに腰を下ろして手酌でワインを傾ける。
これから始まるショーを見るかのように、目は冷めた色をしている。
すっかり裸にされた下半身を隠す事も許されず、さらに足を広げられた。
膝を折られ、最も恥かしい部分が露にされていることに少なからずの興奮もしていた。
小瓶に入ったものを手に付け、ガダラルの秘部にそっと擦りつけると、
リシュフィーはそっと舌で唇を舐め、ジワジワと指を進めていく。
男を受け入れる体に造り替えようとしているのだ。
けれど、すでにガダラルの体は何人もの男を受け入れてきた。
指の挿入はさほど苦ではなく。
「あ・・・ッ」
甘い声が凝れていた。
媚薬の効果が出てからずっと欲しかった挿入感に、彼の体は再び震えた。
リシュフィーも違和感に気がついたらしい。
「ラズファード様」
「どうした?」
「・・・初めてじゃないみたい・・・」
「ほう・・・」
ラズファードが立ち上がり、こちらに再び近づいてくる事を少なからず期待していた。
決して口には出せない、まだそれだけの理性はあった。けれど、欲しくて・・・たまらない。
「こちらに来て日は浅いというのに、手早い事だな」
意味が、解らない。
「誰にしてもらっているのやら・・・」
冷たい声に血すら凍りつく気がする・・・体はこんなにも熱いというのに。
「・・・・・・天か・・・・・・」
憎々しげに言い放つラズファードを見上げると、その表情は激昂しているかのように思えた。
「・・・何故、あいつの名が・・・・・・!」
それだけ言うのがやっとで、自ら服を脱ぐラズファードに目を奪われていた。
体中に付けられた細やかな傷は、間違いなくこの国で先頭に立って戦っているものの証だろう。
けれど、薬によって欲情を余儀なくされたガダラルにとってその体は、
逞しく、自分を貫くための肉であるようにしか見えない。
好きでもない、会うのはたった3度目のラズファードの体が
欲しくて仕方がなく、疼く体を気付かれまいと顔を背けた。
「ならば、東部時代に慰み者にでもされたか。・・・・・・リシュフィー、起たせろ」
「はぁい」
ベッドから一人分の体重が無くなると、ガダラルの耳には
性器をしゃぶって荒く漏れる息づかいに支配された。
傍らで、リシュフィーが跪いたままラズファードのものを咥えているのだという事は想像に容易い。
ピチャピチャと水音も聞えて、さらに劣情を誘った。
「もういい」
という静止の声がすると、再びベッドが軋んだ。
膝を折ったままのガダラルにラズファードの手が伸びる。
小瓶の中身を再び垂らされ、その冷たさに息を呑んだ。
「ラズファード様、まだ広がりが充分じゃないんですってば・・・」
リシュフィーの静止の声はラズファードにとって些細なものなのか
「構わん、痛がる姿も悦だろう?」
一気に突き刺されていた。

「あーーーーーーーッ・・・!」
いきなり挿入された痛みで今まで耐えていた声を上げ、身を捩る。
「欲しかったのだろうが?」
頭を振っていやいやをしようにも、体を引き、また深くへと突き入れる。
「これがっ・・・!」
衝撃でまた
「あう・・・ぅ・・・うっ」
声にならない声を上げて耐えた。
「いったそぅ・・・」
口を押さえて声をひそめたリシュフィーの呟きは誰にも聞えはしなかったが。
足をばたつかせてもがいた所で、何の効果もなかった。
解っているのに、拒絶したくて抵抗すると、ラズファードは
その態度が気に入らないのだろう、ガダラルの頬をぶった。
乾いた音が部屋中に響き、おもわずリシュフィーも顔を背けていた。
「気に入らん、大人しくしろ」
「ぅ・・・」
前髪を引かれ、正面を向かされると、そこには眉を釣り上げたラズファードが見据えている。
恐ろしい。表情がないと、そう思っていたこの男はこんなにも恐ろしい表情をしているのだ。
「抵抗をするな・・・?」
声が出せない。命令だ、これは命令。
何かミスを犯して処罰される。そう思って耐えればすぐ終わる。
痛みのせいでクリアになった脳内で声が響く。しかし、ラズファードの責めは容易に終わらなかった。
ガダラルの広げた膝に手を置くと、再び性器の出し入れを繰り返す。
確かに痛かった、恐らく血も出ているであろうそこは、しかし、
奥のほうで痺れるような快楽に変わっていく。
しっかりとその部分に当たると、正直にも体は反応していた。
細やかに腰を動かし、中の疼きを引き出しつつ、ギリギリまで引き抜いて
再び一気に突くと、肌と肌のぶつかる音が響いた。
「・・・あぁ・・・っ」
声はラズファードの動きと同じく漏れ、
頭はぼんやりと、何も考える事が出来なくなっていた。
気持ちいい、それだけ。
もっと奥まで入れて。
抵抗など、もう出来るはずもなかった。
快楽の前に体は従順に、ラズファードをきつく締め上げる。
「ハハハッ!反応してきたか」
「あ・ああ・・・・・・」
解放されている足がガクガクと振るえる。
ガダラルの性器もまた、中からの刺激で起ち上がっていた。
「うわー、やらしい顔・・・」
リシュフィーのクスクスと笑う声も、酷く刺激的だった。
隠しようのない乳首を再び嬲られ、くぐもった息を漏らす。
まるで赤子のように舐められている。
「ココ舐められるのが好きなんだぁ?」
侮蔑を含むような声。
突き入れられる度にだらしなく揺れる性器に手を掛けられ、強く擦られてはまた達した。

頭がおかしくなりそうだった。
もっと体中を虐めて欲しい。
薬のせいだ、あの媚薬の・・・。
「宰相・・・っ・・・!」
「なんだ・・・?」
「もっと・・・奥に・・・・・・ッ」
「ハハハ!」
ラズファードはガダラルの懇願を一笑し
「そうやってアイツにもねだるのか」
アイツとは・・・・・・?
考えるまでもなく、そこでルガジーンの姿を思い浮かべる。
ああ、そうか、と理解する。
役職上、常に行動を共にしている俺に嫉妬をしているのだ、と。
「アレに抱かれていると、そう思っていろ」
バカな、と思う。あの男はそうじゃない。こちら側の卑しい人間ではない。高潔な、気高い生き物・・・・・・。
なのに欲しかった。手の届かない存在を、友人の振りをして、
部下の振りをしてずっと見ていたかったのだろうか。側にいたかったのだろうか。
伸ばしたその手に縋り付けば、ひょっとして今、
ガダラルを抱いているのはあの男だったのかもしれないのに。
縛られた手を、ぎゅっと掴む。
ただ漏れの声を、唇を噛み締めて再び抑える。
残酷に自分を見下ろすラズファードの表情を見ないよう目を閉じると、
ルガジーンの姿が目に浮かんでいた。立派な体躯。
エルヴァーンらしく凛とこちらを見据える表情は、やや硬く、
けれどどのような暴言を吐こうと激怒する事はない穏やかな男。
脳裏のなかのルガジーンが微笑む。ガダラルは、
ルガジーンのこの顔が一番好きなのだなと、理解した。

 

尚も中を攻め立てるラズファードの限界も近く、その終焉のくぐもった声を聞くと
間もなく、ガダラルの中に生暖かい精液が注ぎ込まれた。
ようやく終わったのだ、と思って安堵し、息を整えようと肩を揺らしたが、上手くいかなかった。
ズルリ、とラズファード自身を引き抜き、ガダラルの体に赤く染まったそれを擦り上げて拭った。
白濁した物と鮮血が交じり合い、ガダラルの腹は汚れた。

「・・・い・・・っ・・・う・・・!」
突然指を差し込まれ、ふたたび出し入れをされる。
中の物を掻き出すつもりか、ただ切れた部分を広げているのか解らないほどに、それは乱暴な行為だった。
「ラズファード様・・・」
リシュフィーの声が霞んで聞こえた。
両足を上げられ、酷く無様な格好にされて嬲られているのである。
腹の奥底から吐き気を催しそうになるほどに、内臓すら押し上げられているような感覚に眩暈を覚えた。
指で中をいじられてるというのに自身は萎え、それがどれだけの痛みを伴っているのか
リシュフィーも理解していた。
彼もまた、ラズファードの玩具であった。
ようやくその遊びにも飽きたのか、ガダラルから引き抜いた指は赤く染まっていた。
指を見せ付け、やけに優しい表情を作ってガダラルの顔を覗き込む。
「淫乱」
優しさと裏腹の言葉に腹立ちさえすでに感じなかった。
今までもこうやって食い物にされ、その度に自身の体の浅ましさを解りきっていたから、
何と言われようが、もう動じない。ラズファードはガダラルの表情が憔悴しきった物であるにもかかわらず、
血に濡れた指を彼の口へ押し込んだ。精液と血と、交じり合ったそれは酷く不快に、
しかも喉奥まで入れられてむせた。
ゲホゲホ、と咳をする間に、またあの痛みが走る。
苦しむガダラルの姿に興奮したのか、ラズファードが再び性器を捻じ込んでいた。
涙と、涎が自然にこぼれ、嗚咽を繰り返しながらも犯されている。
グチャグチャと激しく動かされ、体中軋む。
ふいに体が浮かされて、ラズファードの膝に乗せられて、下から貫かれる。
腕はベッドに縛り付けられ、その二つを結びつける布がピンと張りつめた。
「布を外します、肩が外れちゃう」
「構うな、外れる音も聞いてみたい」
「ろくでなしめ、畜生・・・ッ!」
ガダラルの悪態すら笑って流し、上下に激しく揺すって、息すらも許さないとばかりだ。
なのにラズファードはこんな楽しい事は他に無いとでも言うかのような無邪気さで攻め抜く。
「涎を垂らしているぞ?」
薄い唇を釣り上げ、ニヤリと笑う。
その表情が怖くて、見ていられなかったのはリシュフィーも同じだった。

「呼んでみろ」
「・・・?・・・」
「あの男の名を呼べ」
何・・・を。
「ちが・・・う・・・っアイツの事など・・・!」
ラズファードに持ち上げられ、突き刺され、脳天に響く痛みと
性器に擦られる部分の快楽は交じり合って洪水のようにガダラルを支配していた。
無理に伸ばされた後ろ手は軋んで、肩が鳴ったが、
その音に驚いたリシュフィーは思わず肩を撫でて、布を解いてやる。
触れた感じ、幸い肩は外れていなかったようだが、上下される間にも腕はだらりと伸びていた。
「あ・・・っ・・あああ・・・・ッ」
右手の甲を噛み、甘い声を漏らす。
「あの男を思い描けば良い・・・」
「ん・・・・ひ・・・っ・・・・ぅ・・・!・・・違う・・・ッ違う違う違う・・・!」
「見ていたくせにか?」
「ちが・・・ぅう・・・」
「あの広場でずっとあやつの姿を追っていたであろうに・・・?」
「あ・・・は・・・ぁ」
ルガジーン。
あの、金色の目。
ルガジーン。
優しい微笑み。
ルガジーン。
良く通る低い声。
伸ばされた逞しい腕。
涙が、こぼれた。
愛しているのだろうか・・・・・・彼を。

ラズファードが吐き出すわざとらしいほどに甘い声は、
ゾクゾクとガダラルの体の芯を駆け巡った。
「あの男の名を呼んでみろ・・・・・・」
違うのに、種族も何もかも違うのに。
ルガジーンとは別人の同じヒュームの男に抱かれ、
かりそめの優しい声を吐かれ、その肩に腕を回して、しっかりと抱きついていた。
互いの体が擦れ合い、そこは間違いなくこれ以上は無いほどの熱を持っていた。
胸が、痛い。こんなにもあの男を思い出して胸を痛めている。
「認めてしまえ、貴様も同類だ」
悪魔のような誘惑のその言葉はガダラルの箍を外れさせるには充分だった。
張り裂けるような悲痛な声が、波のように溢れ出た。
「・・・ルガジーン・・・・!ルガジーン、ルガジーン・・・ッ」
自ら、口付けを求める。
先程までは気持ち悪いとさえ感じていた他人との口付けも、今は・・・・・・。
「ルガジーン・・・っ」
ラズファードの唇から舌を奪うような深く激しい交わりを示す。
ザラザラとした厚みのあるそれが絡み合うのがリシュフィーからも見てとれた。
何度も顔の角度を変え、唇をすぼめ、舐めあい、高めあう。
ガダラルの両腕は愛しい者を抱くように、ラズファードの短い黒髪を掻き毟った。
愛して止まないように、その愛も劣情も全て吐き出してしまうように。
自らも腰を振り、ラズファードの・・・いや、それをルガジーンの体だと思い込むよう、
性器全てを感じようと動く。
「あ・・・ッああ・・・!ルガジーン・・・!」
声を発してはまた舌を奪い、体中で彼を感じようと錯覚をした。

 

座ったままラズファードの精を受け、彼の命じるままに後ろからリシュフィーにも犯された。
もう、考える事すら叶わなく、唯、彼の男の名だけを呪文のように呟いて耐えた。
薬のせいだと言い訳が出来るだろうか?
獣のように男を欲しがる姿に、言い訳など出来るだろうか。

 

散々な責め苦に解放され、ベッドに一人暗い部屋に残されると、
やがて媚薬の効果も切れて、うつ伏せのままじっとしていた。
乱れた髪も戻さないまま、力なく上げた指先からまた、昼間の火とかげがちろりと揺れていた。
あの男は光溢れる世界が似合う。自分とは違う。だって、
こんなにも汚れている自分を・・・・・・彼は軽蔑するのだろうか。
火とかげはケケケ、と笑うと消え、部屋はまた、暗闇に支配された。
体を動かせば、ようやくシーツの擦れる音が聞える程度の無音の世界に、ルガジーンの姿を想い描く。

涙は、とめどなく溢れていた。