はじめての恋・自覚・





痛みと疲労で自由にならない体を引きずるようにして
ようやく自室に戻った時には、すでに東の空が白けていた。
あの後、火とかげと無言の会話をし、泣きながら眠っていた。

ふと目が覚めて子供のようだと自嘲はしたが、ベッド脇のランプを灯すとその側に
水と皇国軍の医務室でも、また東部の戦場病院でも良く見る
鎮痛剤が置いてあったので、安心して飲みこんだ。
やや大きめのそれはヘタをすると一瞬喉に痞えるような気もするが、もう一度水を口に含んで嚥下する。
胃の中で薬が溶け、吸収されれば悲鳴を上げる体を騙す事が出来るだろう、と、じっとその時を待っていた。
この忌まわしい部屋で夜を明かしたくはないという、陳腐なこだわりに自分でも可笑しくなる。
この鎮痛剤を用意してくれたのはあの青魔道士の青年なのだろうか。
名はリシュフィーといったか。
償いのつもりか、恩を着せるつもりか、はたまた、
これくらいでへばっては「次」の望みは薄いと思われたのか。

まるで宰相の玩具のようにされ、それでもガダラルは
あの程度で自身を押さえつけた気でいるのなら、
いつか寝首を掻いてやろうと、そういう気にさえなっていた。
勿論、それは謀反だ。本気で思っているわけではなかったが、それでもこの待遇に
精神が耐える事が出来なければ、恐らくガダラルは、東部で羅刹と恐れられたように、
鬼として宰相を殺そうと思い始めていた。
今までそうしてきたように。
指をゆっくりと動かし、小指から順に親指までを曲げていく。
次にその手でトントンと、頭を叩くと、次第に意識がはっきりと覚醒していくのがわかる。
眠気と疲労で霞みがかかっていたかのような視界は、もう、クリアだ。
とはいえ、闇の中の部屋であるが。


部屋に戻ろう、こんな場所には居たくない。
身支度を整えようと辺りを見回したが、昨夜に着た特別誂えの絹の服しか見当たらなかった。
チ、と舌打ちする。まるで女が着るようなふわふわとした居心地の悪いその衣装に腹立たしさを覚える。
結局は女の変わりにされているのだろうか。
あの時は・・・あの男・・・ルガジーンに対する子供じみた嫉妬だと思っていたのに、
こうして真っ白な女物の衣装や、派手な宝石類を見る限りでは、男として抱かれたのではなく、
どう考えても女の変わりにされたようにしか思えなかった。
そして、「その男」の名を何度も呼んだのを今更ながらに羞恥した。
「違う・・・。・・・・・・そうじゃない」
ギリ、と衣装を強く掴んだが、結局はその想いをさらに強く自覚させる結果となった。

 

部屋に戻り、ようやくの思いでシャワーを浴びた後は、
良く覚えていない。ただベッドにつっぷして泥のように眠っただけ。
夢すら見ない。もし、いつもの夢を見ていたら、きっと彼の背後に宰相の首が落ちていただろう。

 

ノックの音が聞えた。
トントントン、と、まるでキツツキが餌を探して気に穴を開けようとしているような軽快な音だった。
うるせェ、と、羽毛の枕に顔を埋めたままで発した言葉は声にならず、
暫し時間を置いてはまたノックの音が聞えた。
トントントン、と、やや強く。
扉を叩く音の主はシャヤダルだろうか。
出勤時間は過ぎてるだろうから、自室に篭ったままの
上官を迎えにきたのかと思考するが、あの髭面など今は見たくなかった。
西で平和に生きて家庭すら持っているあの男は、
まるでガダラルのことを上官扱いしていないのが解っていた。
年齢などの点ではガダラルのほうが一回りも若い、だから敬語を使うのは少々気の毒にも思えたし、
どうして自分にはルガジーンのように若い側近が就かなかったのかと不満にも思った。
年上が年下に叱責されるなど気の良い話ではない。
だからつい、ガダラルもシャヤダルとの会話を避ける傾向にあった。
自身の短気さと他者の愚鈍さは良く解っている。時々思うのだ。
どうして他のやつらはこんなにも頭が悪いのか、と。
だから、シャヤダルの平和慣れした思考はガダラルには好きになれない。
「炎蛇将、いないのか?」
扉の向こうからの声に体がビクリと反応していた。
「・・・・・・寝ているのかな?」
トントン、とノックの音。
ルガジーン・・・・・・いや、天蛇将の声だった。
ようやく上半身を腕で支えるようにして起き、顔を扉へと向けた。
「・・・・・・起きている・・・!」
昨夜の責め苦に喉は耐え切れなかったのか、かすれていた。
「そうか?今日はゼオルムへ行くと言っていたから、起きてこないので心配になってな」
慌ててベッドから降り、夜着にしているリネンズボンを取り出して履き、扉を開けた。
「用意ができたら・・・」
「すまん、食堂で待っていてくれ」
「・・・あ、ああ・・・」
ルガジーンを、見ないようにした。
なんとか平常心を保とうと、それだけに集中して搾り出した言葉に
彼は何の疑いもなく踵を返すと待ち合わせの場所に向かっていく。
立派に闊歩するその後姿に、ガダラルの心はまた、きつく締め付けられていた。

 

驚いたな、と思う。
どうしてこんなに心がざわめくのだろう。
彼の素肌を見てしまったからだろうか。
「思っていたより、ずっと白かったな・・・」
独り言は無意識に出て、ルガジーンは慌てて自分の口を押さえた。
そうでもしないと、口元が緩みそうで、額を押さえつけては「やれやれ」と、頭を振っていた。

観音開きになっている食堂の入り口には、掃除のために給仕娘がせこせこと動き回っている。
扉の上の方が拭けないらしく、ぴょんぴょんと飛び上がっているのである。
「きゃ?」
その彼女の腰を掴んで持ち上げると
「あら、天さま、ありがとうございます」
セクハラだ何だと騒がないのが彼女らしい。扉の上もしっかりと拭き掃除をすませ、
自分を持ち上げるルガジーンにぺこりと頭を下げた。
彼女はまだまだ少女で、残念ながら色気は殆ど無い。
だからこんな男ばかりの職場でも安心して働けるのかもしれないが。
「朝から忙しそうだな」
「朝はもっと忙しかったですよぉ」
確かに。とっくに朝食は終え、今はこうして掃除の時間になっている。
給仕娘を床に着地させると、忙しそうに洗い物をしている若い料理人たちを見た。
「忙しい所悪いのだが」
「はーい、用意は出来てますよ」
にっこりと笑う給仕娘に頼もしさを覚えつつ、彼は自分の指定席へと移動する。
日光が降り注ぐテラスが彼の気に入りの場所になっていた。

先程までの会話を思い出す。
詰め所にて今日のゼオルム行きの手筈を相談しようとガダラルを待っていたのだが、
側近は来ようとも肝心の彼が出勤してこないのである。
シャヤダルに何かあったのかと聞けば、壮年のヒュームは首をかしげて
「夕方からお会いしてませんな」と、何とも頼りない返事が帰ってきたのである。
彼等二人は主従とはいえ、決定的な溝があることは気付いていたし、
何より若いガダラルがあまり話をしようともしなかったので、シャヤダルを責める事は出来なかった。
ガダラルが自身の行き先を告げずに消えたのは、どちらかと言えばルガジーンの責任である。
上官である彼が、側近にだけは自分の行き先を必ず把握させておくようにしろと、
一言命じておけば今回のようにガダラルが消えた騒ぎはしなくても良かっただろう。
もし、こんなときに敵襲があれば、事である。
今回は幸いそれは杞憂に済んだが、「もしも」の想定はしたほうがいい。
それでなくともガダラルは言葉が少なく、二人には意志の疎通が
上手くできていないという事もまた、目の前の問題であった。
この人事は失敗だっただろうか、とルガジーンは溜息を吐き、けれど宮仕えが長かったシャヤダルのこと、
西部の行事やしきたりなどを彼は誰よりも把握しているからきっとこちらに不慣れなガダラルも
彼に心開くのではないかと期待していたのだ。
いや、まだ蛇将は始まったばかり。
ゆっくりでいい。ゆっくりでいいのだ。
「私が行こう」
ルガジーンが立ち上がり、寝起きの悪い部下を叩き起こしに自ら出向くという。
側近のビヤーダはその行動にほんの少し驚きはしたが、何も言わなかった。
余計な事に口出しをしないのが良い部下であると彼女は解っている。
扉を開けようとドアノブを握ったルガジーンに、シャヤダルは何か書類の入った封筒を渡していた。
二言三言言葉を交わすと、ルガジーンの唇が「有り難う」と、動いた気がした。
言われたほうは恐縮し、ただ敬礼をする。
何だろうかと、思わずにはいられなかったが、けれどビヤーダは忠実な部下である。
無言でいることを保っていた。

 

そして今、ルガジーンの目の前にその書類の入った封筒が置かれているのである。
どうせガダラルを待つ間は暇なのだし開けてしまうべきか、と悩む。
その封筒はしっかりと蝋によって封がされており、
誰が見てもルガジーンが機密事項を前に唸っているようにしか目には映らないだろう。
しかしこれは確かに人目に晒すべき物では無いが・・・・・・コレを作れと命じた等の本人が
実物を前に本当に目にしてもいいのか、と、改めて悩んでいるのである。
昨日、ガダラルの過去を調べろと、シャヤダルに命じていたのだった。
「仕事が速いな」
「実はあの方の事は・・・・・・資料室で探せてしまうのです」
少し青ざめた表情のあの壮年のヒュームは一体、ガダラルの過去をどう受け止めたのか。
テーブル上の書類に手が伸び、そして引っ込める。
個人の過去を調べるなど卑怯な事をしたと気が重かった。
ふと溜息を漏らし、気がつくとそこには、あまり顔色の良くない
この書類にかかれている、炎蛇将ガダラルが立っていた。
「悪ィ、遅れた」
「い、いや」
彼の姿はというと、初めて会ったときのイギト装束といういでたちで、
ふとつい最近の出来事を思い出して思わずルガジーンの頬は緩んでいた。
「アミールじゃ目立ちすぎるからな」
気のせいか、彼は視線を逸らして言い訳のように呟いた。
「そうか、それもそうだな」
ルガジーンは自身のいつもの軍装を見やる。
「朱色の外套では目立つだろうか」
「トロールは目が良いんだろ?」
「ふむ、一旦自室に戻って羽織る物を探してくるか・・・」
ガダラルが席に就くのを見計らったかのように、給仕娘が二人に飲み物を運んできた。
日差しの中で談話する二人を気遣ってか、盆に乗っているのはキトロンソーダであった。
しゅわしゅわと炭酸が弾けてグラスから元気良く飛び出し、
砕いた氷の間を縫うように上手い具合に気泡が浮かんでくるので、二人ともしばし、
ソーダを見つめていたが、給仕娘がストローを挿すより早く、ガダラルはそれを飲み干す。
ぷはっ、と大きな溜息を漏らすので、ルガジーンはきょとんと、彼を見ていた。
「・・・何見てやがる」
いつもの彼だ。見られる事と触れられる事に異常なまでの嫌悪感を示す。
いつもの彼は、しかしルガジーンを見ていなかった。
「喉が渇いていたのか?」
「うるせェ」
「口の悪さは相変わらずだな」
思わず吹き出す。
それでも、ガダラルは怒ったような表情のままそっぽを向き、口をへの字に曲げていた。
気難しいな、と、口には出さずストローでソーダを啜る。
それは無糖で、しかしキトロンの酸味が爽やかに喉を潤してくれた。
「お替りをくれるかな」
給仕娘に向かってガダラルの空にしたグラスを振ると「はーい」と、
良い返事が聞えてルガジーンの手に持つグラスの中の氷はカラカラと鳴った。
この音は夏の象徴のようだと、ガダラルは思う。
東部では勿論、そんなありがたみの欠片などなかったものだが。
「西は珍しい飲み物があるんだな」
給仕娘が瓶からソーダ水を注ぎ、その場で半分に切ったキトロンの果汁を絞る
その手際の良さを感心しながら、ガダラルはストローを弄んでいた。
「これは天然の汲み上げ水なんですよぉ。炎さまはあまり飲んだことがありませんか?」
「・・・・・・戦場にはなかったな」
給仕娘はコースターにグラスを置くと、再び厨房へ戻っていった。
ガダラルは今度はストローを挿してそれを啜る。
先ほどよりキトロンが多目なのだろうか、やや酸っぱい。けれど、今の体には心地良い。
美味しそうに、でもしかめっ面のままの彼を微笑ましくも見ていたが、ルガジーンはふと
「昨夜は居なかったのだな」
聞いていた。
ガダラルの表情が、やや硬くなる。
「・・・・・・無理に聞こうとは思わん」
ガダラルは何も言わないまま無意識に手を握っていた。ぎゅ、と爪が手のひらに食い込む。
「おい、手が傷つく・・・」
ルガジーンが無理にでもその手を解こうと思ったのか、
右手を伸ばしてガダラルのそれに触れると、その体は硬直した。
彼は触れられるのを嫌う。昨日叱られたばかりだというのに、再び触れてしまった。
また怒鳴られるだろうか、炎を浴びせるのかと身構えていたが、ガダラルは何の反応もしては来なかった。
固く結んだ指を1本1本解き、ようやく俯く彼の表情を盗み見たが、顔面は蒼白であった。
「気分が悪いのか?」
「・・・・・・なんでもない・・・」
絞り出す声は苦痛そのものでルガジーンは眉を寄せていた。
冷たい手だ。

けれど、触れた。
その手を暖めてやりたい。
ふと、気が付く。

───そうか、私は彼に触れたかったのか・・・・・・。

 

否。おかしな事を考えたと思い、ルガジーンは首を振るった。
彼に触れたがっている自分が居るという事は、ルガジーン自身思いもよらない事だった。
そしてガダラルと会話をし、未だにしっかりと彼の顔を正面から見ていない事にも今更ながらに気が付く。
目を逸らし、顔を背けたまま会話を繰り返すのはどこか落ち着かないし、慣れない。
「大丈夫か?炎蛇将」
呼んでみても振り向かない目の前の彼は病的に儚く、うつくしく見えた。
そろそろ肩まで辿り着きそうな濃い茶色の髪は彼の性格を表すかのように、
頑固で几帳面に、まっすぐと伸びて顔を隠していた。
暫しの空白の後、その髪がサラリと揺れた。
「・・・平気だ、ゼオルムへ行くには近道があるんだろ?」
「ああ、白門に転移装置がある」
「・・・ん。悪いがさっさと行っちまおう。説明は歩きながらする」
食堂から出る際、ルガジーンは給仕娘と何か話していたようだが、
ガダラルは知らぬ振りをして廊下を進んだ。
後ろからルガジーンが追いつこうと歩みを速めている。その足音がわかる。
「私は一旦部屋に戻って外套を換えてこよう。貴殿は、これを」
差し出されたのは皇国から支給される鞄であった。
帆布で作られた丈夫な鞄で、ここに支給された食糧などを入れて戦場でも活躍できる代物だ。
その懐かしいデザインに一旦それが何だったかと、考えもしたが、
受け取ると、同じ物をルガジーンも封筒と一緒に右手にぶら下げていた。
「保存食と水を用意してもらった」
「大袈裟だな。たかだか祝詞を上げに行くだけだろうが」
「まぁ、そういうな」
やたら分厚い布製の鞄の中で、瓶がコトリと鳴り、確かにその重みも感じる。
「では、白門前で待っていてくれ」
「ああ」
ルガジーンが去るその後姿を目で追い、
彼の持つ封筒は何だったのだろう、と考える事もしなかった。
と、同時に体が軋み、思わず壁に手をついていた。鎮痛剤の効果が切れたらしい、脂汗が滲み出る。
「・・・・・・畜生・・・・・・」
白門に辿り着く前に医務室に寄らねばならないだろう。
そして腹も減っていた。
けれど、あの角を。廊下の、あの角を曲がるまで彼を見ていたい。
ガダラルは痛む体を叱咤するようにして、立ち尽くしていた。




やけに明るい日差しの中、薄く光るその赤い球体は
確かにルガジーンの手中に収まった。
「やあ、ありがとう」
投げてよこした本人に礼をいうと、彼は既に同じ物に齧りついていた。
ルガジーンもその赤い球体を齧る。
「ん、美味い」
強い甘味の中に程よい酸味と芳香、たっぷりの果汁が口の中に広がる。
妖精のリンゴにはしっかりと歯形が残り、外見とは裏腹にそこはうっすらと
輝くように白く、もっと食べて、と誘っているかのようだ。
「朝食はそれだけか」
ルガジーンの問いに口元を拭いながら、
ガダラルはいつものように上官を睨みつけてから頷いた。
白門にて待ち合わせをし、ルガジーンはすっかり黒い外套を羽織り、
やや遅れて来たガダラルに気が付くと手を振って見せた。
部屋に一旦寄ってからの待ち合わせだったので、
ガダラルが後から来たのに微かな疑問を感じつつ、いつものようににこやかに笑う。
相変わらずの不機嫌そうな顔立ちのまま、ガダラルは「露店で買った」とだけ呟くように言い、
リンゴを1つ、ルガジーンに放り投げたのである。なるほど、コレを買って遅れたのか、と納得はした。
無言であっという間にリンゴを芯だけにしたガダラルではあったが、
流石にモラルの塊のようなルガジーンの前でそのゴミをポイ捨てするような事は無く、
だが移送の幻灯の案内役である藤色のターバンを頭に巻いたタルタルにそれを無言で差し出していた。
困惑するタルタルではあったが、生ゴミを寄越すこの不届きな男の同伴がルガジーンであったため、
結局リンゴの芯を受け取ってしまった。
「すまん」
結局はルガジーンが尻拭いをするように、タルタルの視線に合わせて膝を曲げて謝っていたのだが。
ルガジーンという男は一般兵士にも礼を尽くす。決して怒鳴ったり、理不尽な意志を通す事も無い。
タルタルは以前からルガジーンを知っているし、彼と上官がもめた時はルガジーンの処遇について
善処の方向で署名をしたほどであるから、彼の困るその姿には弱い。
おまけにタルタル。立派な体躯のエルヴァーンには憧れだって抱く。
プルプルと頭を振ってルガジーンの分のリンゴの芯までも受け取っていた。
「いってらっしゃいませ、天蛇将さま!」
小さな体で精一杯の敬礼をし、ルガジーンもまた、見送るタルタルに敬礼で返す。
「遅せェよ!!!」
幻灯の装置の最上に立ったガダラルの叱責でタルタルは
ビックリして飛び跳ねたが、ルガジーンは軽く手を振って
「行ってくる」
とガダラルの元へ駆け寄った。
「そう怒るな」
「怒ってねェ」
「焼き餅か」
「死ねよ、畜生」
ルガジーンは軽い冗談のつもりで言った。
だからガダラルも軽く流す事が出来た。
もし、正面から見つめられたとしたら、多分同じように返事は出来なかっただろう。
ルガジーンがむくれるガダラルの前に立ち、移送の幻灯のスイッチを押す。
今なら気付かれないだろう。
ガダラルはその一瞬の移転の間だけだ、と心の中で彼に詫び、
ルガジーンの外套の端をしっかりと掴んでいた。