たなばた





ささの葉 サラサラ
  のきばに ゆれる
  お星さま キラキラ
  金銀砂子(すなご)

正月に無理矢理着せられた着物とは違い、男のものの浴衣を着、
夜空の元でゆっくりと晩酌をする彼のグラスが空にならないよう、気を付けて酌をする。
右の手で体を支え、左手にグラスを持ち、右の足はおざなりに投げ出したまま、
左の足は膝を折り、リラックスをした様子で彼は歌を唄った。
す、と冷酒を口に含んで、こくりと飲み、たいそう機嫌の良いそのままに、
目を閉じて夜風を浴び古い古い歌をくちづさむ。
恋人の機嫌の良い姿は、見ていても楽しい。
その歌は一度も聞いた事は無かったが、ガダラルの、
穏やかな姿を目にするのは幸せな事だと思う。
ほんの少ししか減ってはいないグラスに透明な甘露を注いでは、
「せっかちなやつめ」
と、笑われる。
「いいではないか」
ルガジーンも微笑み、ほんの少し赤みのさした彼の頬を優しく手の甲で撫で付け、
「君の酔った姿を見たくてな」
と、いいわけをする。
盆に載せた冷酒は外気との温度差で汗をかき、早く飲んでしまえと、二人をせっつく。
本当は、眩しかったのだ。
闇の中に露出された左足の脛が、白さをいっそう目立たせ。ルガジーンは目のやり場を失っていた。
見慣れない彼のその姿は、帯で腰の細さと体の線が強調されて、
誰の目にも見せたくはないほどに、色っぽい。

「なぁ、こんな話をしっているか?」
物知りな彼がしてくれたそれは、遠くそして古くに伝わる織姫と彦星、その夫婦の話だった。
ルガジーンはその話を聞くとふぅ、とため息を尽き
「可哀想に」
とだけ、呟いた。ガダラルは意地悪そうに微笑むと
「仕事もせずに遊んでいた報いだろう?」
そう言った。
また一口、冷酒が口の中にスイ、と吸い込まれていく。
「私なら」
ルガジーンもグラスの酒を煽り。
「愛する人と1年も会う事が出来なくなったらと思うと、気が狂ってしまうかもしれない」
ぽつり、と呟いて、ガダラルを見つめた。

「君と、会えない日など」

その眼差しがやけに熱っぽく真剣だったので、
作り話を信じるなよ、などと言えなくなり、それどころか
自分がどれほどにこの男に深く愛されているか気がついてしまったので、目を細めると、
「まったく、仕様のない奴だ」
酒で微かにぬれた唇を男のそれに押し付けて安心させてやるより他に手立てはなかった。






□ 


あまのがわ





少し酔った。
彼はそう言うと、ふらりと散歩に行こうと男を誘った。
普段の彼らしからぬ、おぼつかない足取りでも、行くと決めたら彼は行く。
仕方なくルガジーンは彼を追って草履を履いた。彼もまた、濃い色の浴衣を着て彼の後を追う。

町の外れの人の手が入っていない川に辿りつくと、小さな光がいくつもふわふわと浮いていた。
蛍か。
彼は呟き、その光に手を伸ばす。
その光は難なく捕らえる事が出来、いたずらっ子のように
歯を見せると手のひらを覗かせるように、ルガジーンを誘った。
ガダラルの手のひらの中で薄黄緑色の光をぽーんぽーんと
輝かせるその小さく脆い蟲は、怯える事も知らずに求愛の動作を繰り返していた。
「綺麗なものだな」
感心したようにルガジーンは微笑むと、ガダラルの手を広げてそれを逃がしてやる。
闇に線を描くように、蛍は逃げだし、けれどガダラルはそれを怒りもしなかった。
「虫のいのちにも同情か。アンタらしいな」
と、微笑む。

さらさらと静かに流れる川は、川とはいえ小さな規模で、深みでも膝下程度の水量だ。
「天の川だ」などと酔ったついでにはしゃぐと、彼は草履を履いたまま足を水に浸けた。
「7月7日に雨が降ると、天の川は洪水して二人は会えないんだ」
天の川にまつわる話には、まだ続きがあったらしい。
しかも、それはまた、可哀想な話ではないか。ルガジーンはやや眉をひそめる。
知ってか知らずかガダラルはお構いなしに足元の水を蹴り、裾さえ多いに濡らす。

川とはいえ、浅く、幅もなく、対岸まではすぐそこだった。
ガダラルのはルガジーンに振り向きもせず足を進める。
小さくなっていく彼の背は、闇の中で薄く輝いていた。
先ほどの蛍達か、魔道士に引き寄せられるように精霊のウィル・オ・ウィスプが集まっているのか。
それは解りはしなかったが、それでもルガジーンの目には儚く見え、
今にも彼が消え去りそうな、ある種の恐怖すら覚えた。
「対岸には、行くな」
ルガジーンは走り出し、水しぶきで浴衣が濡れるのさえ気にも止めなかった。
ガダラルが振り向き、彼が目を細めるより先に後ろから抱き絞めた。
「・・・・・・なんだよ・・・・・・」
小さく批難する声は少し嬉しそうで。
「俺が織姫にでもなるかと思ったのかよ?」
クスリ、と笑ったままルガジーンの腕の中に包まれていた。





□ 


かささぎの橋






ベッドに仰向けに転がると、互いの体を触りあっては笑う。
織姫と彦星は会えたのだろうか。
彼らもこんな風にじゃれ付いているのだろうか。
全開にした窓から、夏の夜風がふわりと舞い込み、カーテンが揺れる。
そのむこうには月がこちらを覗いていた。

───今日は晴れたから、二人は会えただろうな。

まどろみを始めたガダラルはぽつり、と呟き、ルガジーンは彼を見ていた。
「もし、雨が降ってもさ」
「うん?」
「かささぎが橋を作って二人を合わせてくれる」
「そうか」とルガジーンは呟く。
「会えないという事は、ないのだな?」
安堵したように胸を撫で下ろし、ガダラルの手を握った。
ぎゅ、とその手を握り返され、ルガジーンはまた、安心をする。

「君を愛してから臆病になった。
 君を失いたくないと、いつも思っている」

「俺は逆だな。
 アンタとこうなって、死ねない理由が出来ちまった」

ふふ、と笑いあい、手を繋いだまま、眠った。